2007年06月28日

ZARD = 坂井泉水 = 僕の青春時代の終わりの頃

坂井泉水さん(=ZARD)がちょっと前に亡くなりました。

僕はもう1枚目のアルバムのCD(Good-Bye My Loneliness)が出た頃にジャケ買いして、もうかれこれ何年なのか分からないけど、1991年の発売の様なのでもう16年前???か・・・

僕は当時高校生、色々なアイドルが世の中に居る中で、僕にとっては坂井泉水がもっとも美しい女性に思えたし、更に彼女の声も好きだったり、ちょっとヤボったい感じの服装も好きだったりと、まぁ、すっかり好きだった訳です。って言うか、僕のタイプの女性がそのまま出現した様な感じです。高校時代の僕に。

彼女とカラオケに行ってもZARDばっかり歌って貰ったりしてた気がする。
特に高校時代の終わり〜大学時代前半は僕にとってZARD全盛期だった。

正直「負けないで」は余りにもストレートな応援歌だったから恥ずかしくって聴いてられなかったし、歌ってられなかった(笑)

僕が好きだったのはもっと切なかったり儚かったり懐かしかったり甘酸っぱかったりする、心の中の奥の方の、自分自身でももう忘れてしまった小さな箱の中に入ってるおぼろげな記憶を刺激したり想像を掻き立てたりするような、そういう曲の方だ。

同じ経験はしていなくても、心の揺れ方とか、僕にとっては結構リアルに感じたり、してた。

何より彼女の声が好きだったし、結構ブルーな夜に彼女の歌声で何となく癒されたりしてた記憶がある。

この世界から消えてしまいたいくらい情けない思いをして、友達にも無理矢理聴かせて二人で夜の246辺りを運転しながら、可愛い声だなぁ・・・とかって現実逃避してた記憶が有る様な無い様な。

いつか坂井泉水さんの様な女性と出会いたい、と思い込んでいた様な居ない様な。いや、願っていた気はする。それくらい好きだったなぁ・・・

僕にとっては間違いなく青春の一時代のある部分を占めていた存在でした。彼女の存在が、僕の中に確実に生きていた時代がありました。
その時代が終わり、時が経ち、アメリカに渡り、ZARDを聞かなくなった。

そして突然彼女の死を知った。
他の多くの人と同様に僕も彼女が癌で闘病していたことも知らなかった。
余りにも突然、彼女はこの地上から消えてしまった。

切ないとか悲しいとか、可愛そうとか残念だとか、そういう言葉は出てこなかった。衝撃が大き過ぎると人間は鈍くなるんだと思う。特に僕は衝撃が大きければ大きいほど冷静に対処しようとする傾向がある。

ただ、僕の好きだったあの時代が、あの暗黒の学生時代が、本当に遠くの彼方にいってしまったんだな、と思った。
坂井泉水と言う人が、僕のあの、心が爛れる様な学生時代の象徴だったんだというコトを今更知った。

しかも日本の古くからの友人達からは軒並み、「オマエの好きだったZARDが死んじまったな・・・」と言われまくり(勿論メールも含め)ソレくらい僕がZARD命だったことを思い出させられた。

さよならZARD
さよなら僕の青春

坂井泉水さんのご冥福を心よりお祈りします。
本当に有り難う御座いました。

僕が好きな曲は
「遠い日のノスタルジア」
「好きなように踊りたいの」
「あの微笑を忘れないで」
「Don't you see!」
「もう少し あと少し…」
「サヨナラは今もこの胸に居ます」
「この愛に泳ぎ疲れても」
「こんなにそばに居るのに」

ダメだ。選べん・・・
ほとんど全ての曲が好きだったデス。全ての曲に何かの記憶の切れ端がクッツイテルのデス。

こんな風に1人のアーティストを好きになることはもう二度とないでしょう。僕の年齢がそれを赦さないに違いないから。

posted by Harvey at 09:21| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

エリア88

今、久々に日本の実家に戻っています。

で、本棚には僕の愛する漫画達がズラリ。しかし正直言って余り読む時間が無い。。。でも、読みたい訳です。ので、白羽の矢が立ったのがエリッパチこと「エリア88」なのでした。

エリア88、凄いジワジワと響いてくる作品です。
僕は基本的にメカ系、戦記系、ともに好きです。
更に、男達の友情や誇り万歳系も大好きです。

スコラ漫画文庫と言う文庫版で13冊と手頃な分量だし、最近の少年漫画の様に無駄に長くは有りません。長いのが悪くは無いけど、長いと連載当初からのファンはどんどん歳を取って行き、最後まで見届けることの出来ない作品となってしまう懸念があるのです。特にワンピース・・・は今黄色信号ですな。僕にとっては。

それはともかく、エリア88。出生の秘密までもが絡み付いている(後半で判明)親友に裏切られ、中東の外人部隊に売られた主人公が、戦闘機のパイロットとして日々その手を血に染めて、ただただ生き残る為に闘う前半と中盤。そして自らの意志で全ての決着を付けるために戦場に舞い戻った終盤。

脇を固めるパイロット達のメンバーも地味だけど魅力的だし、戦闘機も格好良くて、すげー燃えます。燃え燃えデス。
地上空母とか、鼻血でそうです。

戦闘機での戦闘シーンも多く、メカ好きにもかなり人気の有った漫画だったと記憶してますが、個人的に結構好きなのはアフリカで傭兵として戦った話です。これもまた結構アドレナリンが出るのですな。

物語は終盤凄まじい加速度で展開し、テンションは上がりっぱなし。

金で雇われている筈の外人部隊の傭兵達が、男の尊厳を護る為に闘いの中に身を投じていく姿は男には命を懸けてでも護らねばならない、形にならない何かが有るのだと教えてくれる様に感じます。

心臓がビス止めで、血管にジェット燃料が流れている、そういわれる様なプロの人殺しの戦闘機乗り集団の集う場所、エリア88・・・

物語の奥底を流れ続けたテーマに沿うように、この物語は悲劇で幕を閉じたと僕は思います。悲劇の中にささやかな希望を残してという感じ。

まだ未読の人には是非一読をお勧めします。
作者は新谷かおるさんですな。
posted by Harvey at 03:51| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

超えて行く

人生には必ずターニングポイントが有る。

何度も何度も限界の壁にぶつかり、悲しみの淵に沈む。

知らず知らずの内に諦めて匙を投げたり、力を出し惜しみ自分を慰めて満足したりする。

普段はそれでいいし、全ての問題や苦難を克服できる訳が無い。普通の人は。稀にそれの出来る超人的な人も居るが。

でも何れにしても、何処かで絶対に正面から物事に対処しなければならない時が来る。正面から問題や困難にぶつかり、闘うべき時がある。

男にも女にも、それぞれ腹を決めて闘うべき時がある。

超えて行く、必ずソレを超えて行く。
そういう覚悟を腹に据える。武器は覚悟。
そういう意思をブレさせない背骨は分別。
そういう気持ちを持続するエネルギーは憎悪と希望。
そういう意地を保つ最後の砦は責任感と自信と自意識。

そして、今こそがその瞬間と、闘うべき時を見極められるか否か、其処で人生は変わって来るのかもしれない。

潮目を読む、ということなのかも知れないが、大切な局面を嗅ぎ取る嗅覚は絶対に必要なものだ。

そして意志。超えて行くと言う意志。
結局精神論だが、精神はやはり人間を支えていると僕は信じる。
posted by Harvey at 04:32| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

復讐

僕は基本的には悲観的な言葉を使うけど、本当は楽観的で最後の最後にPOSITIVEに物事を考えられる人間だと思う。

僕はそんな風に前向きに考えられる人間である反面、自分でも呆れるくらい愛憎の濃い人間でもある。

だから、僕は僕の生き方に対して、刃を向けて来た人間は決して許さない。僕の意見や行動に反対されても憎みはしない。喧嘩しても、批判されても、大抵は憎みはしない。でも、僕の生き方の核となる部分、僕が信じる倫理や分別、生きる道の様なものを踏み躙った人間は決して許さない。

だからと言って、僕が僕の信じるこの道を進む限り、僕が物理的に彼らに復讐することは無いだろう。僕にはそんな時間も無ければ、その実行により僕自身に発生するリスクも取りたくないからだ。

これは生き方を貫く闘いであり、これは人生を懸けた闘いである。

2001年のあの日から、僕の心にはヒビが入ったままなのだ。
この裂け目の存在を忘れる時間が少しづつ長くなっているだけなのだ。
この裂け目から僕の心は今も滴り落ちている。
この裂け目から僕の心が今も流れ出ている。
この裂け目が有る限り、僕は満たされることは無い。

僕を切り裂いた彼らに、僕は感謝しなければならないだろう。
有り難う。君達のお陰で僕は死ぬまで闘い続けられる。
僕は永遠に満たされることが無いのだから。
有り難う。君達のお陰で僕は死ぬまで怒りを忘れないで居られる。
僕は永遠にこの痛みを忘れないからだ。

僕は僕の信じる道を行く。
あの日あの場所で決めたからだ。
僕はもう止まったりしない。
僕はもう悩んだりしない。
僕はもう哀しんだりしない。

僕は、ただ、進む。僕の道を、進む。前を向いて、進む。
僕の悲しみなんて塵の様なものだ。でもその塵が、僕を突き動かす。
僕の復讐なんて、塵の様なものだ。

でも、誰にも何も言わせない。僕はこの塵の為に死んでもいい。
人間なんてその程度のモノだ。そういう深い悲しみと諦めもまた、僕の中に流れて居る。
posted by Harvey at 03:15| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

喫煙マナーとかの次元じゃない

えぇ、日本生活もやっと少し起動に乗り始めました。
が、現職大臣は自殺するわ、政治家とのコネクションを持つご老人が自殺するわ、かつての最愛の人(勝手に)坂井泉水が亡くなってしまうという悲報に接するわ、で、もうめろめろです。

日本って忙しいね。
本当に世間の皆にとってヒーローだったり、ヒロインだったり、皆が死を悼むべき人の死を悼む暇もなく、昨日まで存在すら知らなかった他人の死にまでマスコミがバカ騒ぎをして取り上げて騒ぐ、忙しい国です。

それはともかく、ここ数日耐え難いことが1点。

煙い。煙い。煙い!!のである。

いや、確かに僕は元喫煙者。現在禁煙中と言うか、基本的には煙草は止めているが、飲めばたまには吸いたくなるので、完全なる嫌煙者じゃないのですがね、日本は酷い。

何が酷いかってーとですね、とにかく、飯を食う場所で煙草を吸って良い訳ですね。屋内で。確かにそれがかつては当たり前だったんですけどね。僕もそりゃぁ大学生の頃とかはデニーズで皆で山火事みたいに煙草の煙を上げてましたよ。それが普通だったし、ゲーセンもパチンコ屋も雀荘も、どこもかしこも煙だらけだったさ。飲み屋でもガンガンすってたさ。

そういえばNYでは、5年前は店内のバーカウンター(レストランの入り口の直ぐ側には大抵バーがありそこ)では喫煙可。食事をする席のほうでは喫煙不可。だった。でも、徐々に規則はきつくなり、今じゃ屋内はほぼ100%喫煙不可です。プライベートな空間(誰かの家とか)以外はほぼ90%喫煙不可です。シガーバー(合法)と、個室のカラオケルームや日本人向けのキャバクラ(ピアノバーと呼ぶが)(因みにこっちは非合法)くらいでしか煙草は吸えない。

でも、これが慣れると結構良くって、吸う人は時々席を外す訳ですな。吸いたい人は店の外まで歩いていってでも吸いたいし、むしろ込み入った話とかを友人と差しでしたいときとかは容易に席を外せる口実にもなる訳です。
だし、何より、飯を食ってるときに他人の煙草の煙で飯がまずくなるのはやっぱり有り得ない。不愉快極まりない訳です。しかもこっちは肺癌になるリスクも敵よりも背負わされる訳で、本当に有り得ない。殺人未遂で訴えたくなるくらいですが、元喫煙者としては昨日の我が身な部分も有って何とも言わないけど。

ただ、アメリカの場合、喫煙不可というのを正当化する理論は、受動喫煙により、レストランの従業員が健康を害する可能性があり、それを防ぐ為に屋内を禁煙にした、と言う理論です。

日本でも歩き煙草禁止とか言うやや的外れな感のあるルールが偉そうに展開されてますが、正直僕には理解し難い。あれは街の景観を護る為、ポイ捨てとかを禁止する為、若しくは火を付けたものを持って歩き回る危険な行為を禁止する為のもの、と理解していいのでしょうか。

何でそれで飲食店の店内で喫煙出来るのか?
酒とちょっとしたツマミだけを出す店ならしょうがない。でも、本格的な料理を出したり、飯を売りにする店でどうしてそれがありなのか。

隣の客や従業員の健康を害し、飯をまずくさせて、本人の味覚も落とし、僕は目が痛くなり、姫は頭痛を起こす。折角オレが煙草やめてんのにオマエが吸ったら意味ねーだろうが、寧ろオレが吸うよりオレの健康に悪いってのはどういう了見だ、え???

ってな具合に腹が経って死にそうになる訳です。本当に。あり得ん!!

ということで、昨日はボックスシートだったけど、隣のボックスからガンガン煙が流れてきて、今日はカウンターで隣の席からほぼチェーンスモーカー様のありがたーい煙がもうもうと立ち込めてきて、僕は本当にイライラしました。

そして、僕は自分が煙草を結構嫌いになってきたことを知りました。
やっぱりね、人間慣れとか環境だよ。だから、煙草はもっと法律で厳しく締め上げれば、禁煙に成功する人は増えるね。1日に2箱、1日に一食も食べなくても1箱は吸っていた僕がここまで煙草に怒りを覚えるようになった訳ですから。

と、怒り任せに一気に書いてみたので、もう論点はバラバラなんだったりしたりするんでしょうが、どうぞご容赦下さいませ。
posted by Harvey at 00:58| ニューヨーク ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

日本は豊かであった

今、久々に日本にいます。

とは言っても、先週からの数日間、詳細は言い難いので言いませんが、色々と事情が有ってずっと一箇所に缶詰になっていて(実質軟禁状態と言うか自分自身の機動力がゼロと言う特殊な状況)あんまり何もしていません。ただTVを見てる(笑)

ただ、最初の2日間、限定されたエリアを歩き回った感想ははっきりしたものだった。

日本は呆れるくらい豊かな国だった。
何て言うかもう、驚異的に豊かな国だった。

人とモノが溢れ、飯は超美味い。
駅ビルの中のトンカツ屋ですら、キャベツにかけるドレッシングはノンオイル(しかも味も美味しい⇒アメリカではローファット=死ぬほどマズイ)だし、ナプキンも箸も全部再生素材を使ったエコ商品。で、肝心のトンカツは美味しいし、ご飯もキャベツも味噌汁もお代わりOK。

本屋には雑誌が溢れかえり、しかも見たこと無いのが沢山(笑)

病院では受付の女性は笑顔を絶やさず親切に対応してくれるし、看護婦さんもお医者さんもまるで客商売の様に丁寧且つ親切である。。。
しかも女性は皆キレイにお化粧してて可愛い、ことが多い。
確かにNYの病院も結構いい病院に行くと受付のねーちゃんたちは皆凄い可愛かったりキレイな格好してるけど、サービスは正直そんなに良くないし、愛想もあまりよくない事が普通だ。

まぁ、それだけじゃなくって、ありとあらゆる物が溢れまくる街の中。駅の中にも駅の外にもコンビニがあるし、売店もあるし、吉野家もマックも呆れる位沢山あったし。

新しいビルは建ちまくってるし、中には高級な店やレストランがあって、しかも商品やメニューはかなりの高品質、雰囲気も良い、でもお客はそこまで居ない、、、と言う店もあったけど、とにかく僕の感想は死ぬほど豊か、で、飽和している、と言うものだった。


一方でTVのニュースでは毎日殺人事件と、馬鹿げた司法の話、馬鹿げた政治の話、ばかり。

物質的に豊か、精神的には枯渇、その二面を非常に感じるここ1週間だった。

日本は僕の想像よりも豊かな国だった。それは5年前には見えなかったし、体感していてもそういう風には感じなかった。

いまやNYよりも遥かに物質的に豊かであるに違いない。

だが、遥かに精神的に未熟であり、多様性に欠け、実質的な議論が無く、無意味で本質を常に御座なりにする、抜本的に物事を変えていく気の無い、不愉快極まりない国がそこにはあった。
個人個人の能力が高く、粒揃いの労働力と、高い技術、目の肥えた顧客(粋かどうかは別の問題だが)、コレだけの物が揃っていながらこの国には明らかに大局観と国家的戦略が欠けているし、政治と教育とメディアと司法に多くの欠陥を抱えている。
文化的にも大切なものを沢山喪っている様に見える。
何よりも、日本人自身が、非常に脆弱な生物になって来ている様に思えてならない。


日本は豊かである。
そして日本はやっぱり駄目だ。

無事是幸い。
平穏にこそ価値が有る。
事なかれ主義。

日本は何も変わっていない。

僕はやっぱりこの国を壊したい。全てを壊すことは多分僕の人生全てを懸けても出来ないだろう。だから自分のやり方で自分の立場で、壊して作る。ソレが僕の生きる道だ。
その方法は引き続き考えていくことになるのだろう。

残りの日本滞在では沢山の友人と話す機会も有ると思う。
その中で何か、日本の希望が見たいと切に願うが。
posted by Harvey at 17:23| ニューヨーク ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

自民党の愚行には呆れてモノが言えない。

三浦知良、ことKINGカズに、自民党が夏の参議院選挙への立候補要請をしていたとのニュースを読んだ。

横浜FCを通じてのカズの回答は「自民党よりオファーをいただきましたが、お断りいたしました」というもの。

当たり前である。
カズがどんな姿勢でサッカー選手で有り続けているのか、知っていて打診しているのだろうか、自民党。

彼がどれくらいの決意を持って、サッカーと対峙しているのか知ってんのか、政治家の皆さん。

勿論僕も実際は知らない。でも、想像は出来る。そしてその想像の部分までを含めてがカズなのだ。カズはカズであり、そのカズにはカズを象徴としたJリーグの歴史とか日本サッカーの加速度的な成長とか、そういう色々なものが全部カズに乗っかっている。

現役でプレーし続ける選手に、選挙に出ないかと誘うとは何事か。
40歳で現役を続ける選手が二足のワラジを履けると思っているならばサッカーをバカにしている。

サッカーを辞めて選挙に出ろと言うならば、カズの積み重ねてきた日々をバカにしている。

政治家としての手腕ではなく、その知名度と人気だけの政治家が必要だと思っているならば、有権者をバカにしている。

何れにせよ、バカにしている。何もかも。

と言うことで、兎にも角にも、こういう自民党の姿勢、政治家の相も変らぬバカらしい票集め作戦に気が狂いそうになる。

僕らが選んだ僕らの代表がこんな人たちで、こんな人たちは自分に投票してくれた人たちのレベルに胡坐をかいて、そのレベルで停止する。結果は結局僕らがバカってことか・・・?

何でもいいが、現役のJリーガーに下らない依頼をするな。プロレスとサッカーは違う。プロレスをバカにするわけじゃないが、サッカープレイヤーで居られる時間は信じられないくらい短い。
サッカー人生は呆れる位短い。
短いから、沢山の奇蹟と伝説が生まれるのだ。
posted by Harvey at 16:16| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

1年目が終了

昨日から今日に掛けて、懸案だった数科目の成績がオンライン上にUPされ、何とか相変わらず微妙な感じではあるものの、Failなどは頂く事もなく、今学期を終了できました。

GPAもまぁ、何とか卒業用件である3.0はクリアしており、ミニマムのノルマは果たしてて良かった、と言う感じ。

とは言え、GPA3.0と言うのは全科目Bと言う場合のGPAな訳で、普通に優秀な人たちが勉強すると滅多にC台は取らないらしいからかなり低レベルの喜びではある。
来学期はもう少し、自分の勉強したい科目と成績の取れる科目を多めに配分する必要があると痛感。今学期はやっぱりちょっと無理し過ぎた感は有るなぁ・・・。日本に学生達を連れて行くイベント等にかなりのエネルギーと時間を割いたり、全ての科目が同じ日に集中してしまうスケジュールになったり、正直ただ毎日を乗り切るだけのセメスターになってしまったことは否めない。本当に沢山の良い経験が出来たけど、それは腰をすえた勉強と引き換えになってしまった感がアル・・・ウーム。
何しろAが無いしなぁ。今学期。自分の好きな科目×2はB+だったので勉強に割いた時間が非常に限定的だったにしてはまずまずだから、一応残念と思いつつも納得。

うちの学校の成績の付け方はこんな感じ

GradeとGPA
A+ 4.33
A 4.0
A- 3.66
B+ 3.33
B 3.0
B- 2.66
C+ 2.33
C 2.0
C- 1.77
それ以下があるのかは不明。誰かが取ったかも聞いたことが無い。
F(FAIL)は取ったら卒業できないと言う噂もあるが、未確認。

GPAにCredit数を掛けたものがGPAポイントとなり、この合計をCredit数総計で割るとGPAが出る。

因みに、実際に僕は確認出来ているのはAとBとB+の数字のみ。と言うのは学校のWEB上では個別の表が見当たらない。自分の成績にはそれ以外の文字も刻まれているのだが、イマイチ要領を得ない表なので、B−とかがGPAで何になるのかイマイチ判らない。前記の3つは様々な学校関係の書類の中から発見した数字です。

ま、そんな訳で、来学期は頑張らないとねぇ・・・と非常に反省したのでした。今学期も頑張ったんだけどね。頑張りだけじゃどうにもならない部分も有る。その辺はねぇ・・・ホント。
posted by Harvey at 06:23| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

42.195キロ

42.195キロと言うのはマラソンの距離なのだが、これって実は信じられないくらい長い距離です。

僕はもともと陸上部に居た訳で、中学高校とキャプテンもしていて、専門は中距離だったけど、本当の長距離は決して得意じゃないです。

高校駅伝では、42.195キロを7人で走ります。
1区 10キロ
2区 3キロ
3区 8.0975
4区 8.0975
5区 3キロ
6区 5キロ
7区 5キロ
合計で42.195キロになる訳です。

まぁ、僕は常に2区か5区でしたが、選手層の薄いチームと言うのは2区・5区が非常に弱い(地区大会レベルでは人数が足りずにここには他の部活からの助っ人や、短距離が専門の選手が借り出されていたりします)ので、そこで或る程度の走力でレースを決めてしまう役割とかも有った訳です。まぁ、出来たかどうかは別として。

高校駅伝では日本で一番早いチームですら2時間5分前後だったはず。我々のチームは2時間22分くらいだった気が。いや、もう少し遅いかな。
そうやって考えると、マラソンを1人で走って2時間10分とかで走る人達は超人です。そして一般ランナーでも2時間台で走る人は沢山いるけど、その辺は日々の積み重ね。素晴らしいことですね。

その辺は余談なんだけど、一応、久しぶりに走ろうと思っていて、その為に最近ジョギングを再開。まずは出来るだけ毎日30分minimumで走るつもりです。しかしこれがなかなか続かないのだが。

まぁ、頑張ります。
posted by Harvey at 00:38| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

耳の大きなネコ

つい数日前、薄れ行く意識の中、と言うか完全に眠りに落ちつつあったその時、自宅で仕事中のうちの姫が嫌味を込めてオヤスミ!の挨拶。

ソレに対した僕の寝言が・・・凄い。

「ん、、、耳の大きなネコが・・・zzzzzzzzzzzzzz」

だそうです。僕は知りませんが、姫の翌朝の通報により、自分に神が降りてきていたことを知りました(笑)


しかしね、ソレぐらい衝撃的、いや笑激的(笑)
夢に出るくらいオカシイし、鮮烈。

話題の北京石景山遊楽園(日本でもまだ話題?)

凄すぎる、中国、これ国営遊園地ですから。しかもディズニーだけならまだしも、ドラえもんもキティーちゃんも、最早夢の遊園地(劣化版)ですね。或る意味この貪欲さは凄い。でも、スパイダーマンとかは居ないんだね。何となく不思議。

しかしまぁ、何て言うか、中国にも沢山賢い人や、日本人並みに羞恥心のある人も居ると思うんだけど、まぁ、そういう文化じゃないんだろうね。日本人だって、安ければイイって言って偽ブランド品買ったりする人が居る訳で、値段ドライブが掛かってる点は大差ない。
日本人には明白な贋物は絶対に恥ずかしい、と言う社会の中で仲間はずれにされたくない感覚があるから、明白な贋物に対しては皆で叩きまくって排除しようと言う意識が働く。

そんな感じだろうか。
中国の凄いところは開き直りまくっているところ。
耳の大きなネコ(笑)に全てが凝縮されているのだ。

しかし何で耳の大きなネコなんだろうか。鼻の長いキツネ、とか、もっと他にあるだろうが。その辺の分かってるけど聞くなよお前、あたりめーだろ、って感じの非常に繊細さの無い乱暴な雰囲気が、さすが中国、と思うわけである。1.jpg


↓こちらではドラちゃんもキティちゃんも活躍中。しかしドイツもコイツも直ぐ面を晒す・・・
http://www.youtube.com/watch?v=iXjj5wICaVo
http://www.youtube.com/watch?v=uIbW9cFN6oc
posted by Harvey at 13:35| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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