2008年02月14日

「日本」を見ていて感じる違和感とその原因は・・・

明日締切のPaperが全然仕上がってません。プレゼンもあるのにヤバイけど、こういうときってもうどうにもならなくって逆に余計なことしちゃうよね・・・。

で、外から「日本」を見ていて感じる違和感。この感覚って海外で働いたり、ビジネススクールで学んだり、外資系企業で働いたりすると結構似たような感覚に陥る人が多い気がするので、ある程度普遍的な感覚なんだと思う。

で、違和感はどっからなの?ってことで考えてみると・・・個人的にはやっぱり日本ってまだ社会主義的統制社会で、数少ないキレ者だけど視野が狭い官僚の人達とかがルールを作って国を導いていく様なシステムなんだと思うんです。でも、それって無理があると思うんですよね。勿論官僚の人達にもマトモな人やバランス感覚のある人とか、熱い思いを持ってる人も居る訳なんだけど(そう信じたい)でも、大志を抱いても今度は政治家や政治やとの軋轢で潰れたり、妥協したりとか。詳細は良く分かりませんが何れにせよ、少数の人間が枠組みを作って行こうというやり方をまだやってるんじゃないでしょうか。

しかも政治家は政治家で密室でそこの圧力掛けたり、官僚が政治家を操ったり利用したりもする訳ですよね。超気持ち悪いけど、それが政治だし世界中にそういうのが無い国なんて無いでしょう。でも、それだけじゃちょっとオカシイ。

既に一般企業の方がGlobal化されていて海外での競争に晒されてる訳ですし、外資系企業で働く日本人もどんどん増えて居る訳で、そんな枠組みを作る事に固執してもしょうがないのに、と思います。法で縛るよりも、しっかりした監視機関を作り、一線を超えたら罰する、企業も変な救済をしないで解体する、そっちの方が時代にあっていると思います。

アメリカは資本市場の正義を前提に成り立っているから、そこを欺いたエンロン、ワールドコム、アンダーセンとかはまさに公開処刑の上解体された訳です。と思います。

何処かでやり方を変えないといけないんですよ。日本。

でも一つの答を今読んでる本から見つけたんですが、「メディアと権力」と言うナベツネさんの話なんですが、その後書きで「団塊の世代が権力的なものにしがみ付いている」と言う様な指摘が有りました。そういう人達が今、メディア、法曹界、政治、政府、そういう世界の権力層に居るって話です。だから変わらない。いや、変えたくない人達が変える訳ない。

国を腐らせても平気なオトナがこれ程居る日本と言う国は、いったいなんなんだ。そう思う今日この頃です。あと100日とちょっと後には僕のその島の中で空を見上げることになるんですけど。

最近ひたすらに愚痴っぽいな(笑)
posted by Harvey at 07:36| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | NYで感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

Rockに生きる

映画「School of Rock」を見てそう言えば前に自分を定義付けしようと思った時、僕はやっぱRockに生きたいんだよな、と言う結論に達したのを思い出した。

まぁ、僕、と言う一人称を使用している時点でRockな感じはしないのであるが、その辺の瑣末な部分には捕らわれずに行きたい。そういうRockもあるはずだ。

Rockに生きるってことは何なのか、まぁ権力に興味を示さないってことじゃないのか。権力に屈しないとかそういう次元を飛び越えて、権力って美味しいの???くらいの魂で居たい。

今、「メディアと権力」と言う読売グループの首領、ナベツネの本を読んでて思う。こいつはROCKじゃない。最も憎むべき敵だ。

反体制とか聞こえが良いけど、結局Rockって自由に生きるってことな気もする。でも、自由って凄く難しい。自由を取れば何か大事なものを捨てなければならない。何故ならば本当に何一つ持たない人ってほとんど居ないから。

僕は自由か、って言われれば自由じゃない。全く自由じゃない。僕には何一つ自由はない。自分で選んだ道ではあるが、それはそもそもそのレールの上を走る事を決めた自分が居るからだ。じゃぁ、僕は自由になりたいのか?自由になりたいからRockな生き方で行きたいのか?どうだろう。僕はもう自由を捨てている。自由を捨てても自由への渇望は捨ててない。自分が嵌まってしまった世界、自分の選んだ世界。そこから自由を手に入れるには壊すしかない。この枠組みを壊すしかない。

じゃぁRockって何?

僕的には、やっぱ叫びなのかも。ただの。オレはここで生きてるんだという叫びなのかも。負けたくない、屈したくない、オレは今もこうして生きてるんだと言う、叫びなのかも。

クソ喰らえナ人生への叫びなのか。

ま、カラオケのでの僕は叫んでるんであってるのかも。

と、全く纏まらないんですけど、要は熱く生きたいねってことかも。
誰の言いなりにもならねーよ、ってことなのかも。
要は自分自身なのかもね。

と、かなり論理的に破綻してますが、それこそがRockか。



それはともかく、映画の方はとても面白い。とても楽しい。
SWING GIRLSとかWATER BOYSといった邦画やHONEY(ジェシカ・アルバ主演)とかこういう最後に発表会のある系の映画はカタストロフィがあっていい。素直に血が騒ぐ。
posted by Harvey at 15:20| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

JTと日清、冷凍食品の統合解消の報を聞き

まず思ったのは対応が早いな、ということ。

次に思ったのは何処かの記事で読んだ(多分日経ビジネス)加ト吉の社長でJT出身の金森氏の冷凍食品事業に懸ける想いについてだった。

中国産の食べ物が増えるのはしょうがないし、日本の食糧政策が自給自足を促進していないのだからしょうがない。個人的にはやはり食料の自給率はもっと上げていくべきだと思うが人口減少に対策を打たないままならこのままでいいのかよ、とも思ったりする。

それはともかく、まだ犯罪なのか事故なのか、JTが加害者なのか被害者の1人なのか、何も分からない段階での統合解消発表は果断だなと感心半分、速過ぎるなと不信半分である。これを口実にJTと日清の間の膿が出てしまったと言うべきか。

それはともかく毎日JPの記事に下記の様な話が載っていてびっくりした。

<下添リンク先より抜粋>
報道陣から「大変な時期なのに(統合解消という企業側の)『カネ計算』をしていたのか」と追及され、「責任をとったということだ」と語気を強めた。辞任については「今果たすべきは早期解決のため最大の努力を果たすこと」などと声のトーンをやや強め否定。被害者宅を訪れ、謝罪する意向を示した。


http://mainichi.jp/select/jiken/gyouza/news/20080206k0000e020043000c.html?inb=yt

如何に報道機関の人達が不勉強か、と驚かざるを得ない。メディアのレベルの低さは相変わらずである。大変な時期だからカネの計算をするのだ。企業は株主の事も考えねばならないに決まってる。勿論お客様の事も考える。だが、同時だ。JTクラスの会社が片方しか出来ないなんて有り得ない。JTの対応が後手に回った部分は無くはないが、事件発生から同時平行的に直近では最大の経営問題である冷凍食品事業の統合についてどうするか考えるのは非難されることではないだろう。逆にそれを放置して株価が乱高下したり、態度が明確にされず株主が混乱することは別の意味で経営責任を問われるではないか。この記者の質問は企業のstakeholderが誰なのかと言う根本的な視点が欠けている。大変な時期と言う質問の仕方も極めて日本的であり、意味が分からない。本気でビジネスしてたら何時だって大変である。

そんな訳で非常に違和感を抱いた訳だが、日本ってやっぱりこんな感じなんですかね。楽しくない国ですね。帰るのが怖い・・・と言うところに着地してしまう訳です。最近は。
posted by Harvey at 06:05| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

日本らしさ

謹慎して嵐が過ぎるのを待つ、これが一つの日本的問題解決法。
別名、雲隠れしてほとぼりが冷めるのを待つ法。
言い換えれば、やり過ごして全て先送りする何も解決しない解決法。
頑張って言えば、時が全てを解決してくれる、と言う果報は寝て待て的解決法。

まぁ所謂失言の類ではあるんだけど、倖田來未の発言後のHPで謝罪⇒活動自粛と言う動きを見ていて、ほんと、日本って変わらないな。と思った訳です。メディアの受け止め方もまた変わらないと言うか、全然ダメですね。自粛するのが当たり前、みたいな。

自粛してる間、メディアが騒ぎ立てるけど、あっと言う間に次の事件が起きて、気がつけば皆事件を忘れてる。もう次の事件に興味が移ってる。そういうのが日本では何時も繰り返されていて、どんどん事件自体が消費されて行く。そして何も残らないし何も解決されない。

殺人事件とか薬害事件とか、そういう類の事件もどんどん風化する。それを押さえる為に遺族が多大な犠牲を払って活動しているが、それでもどんどんと風化していく。長崎のスポーツクラブでの射殺事件、あれ程の事件で有りながら既にやや記憶の中の出来事になりつつあることに愕然とする。メディアはその場では騒ぎ立てるがそこから先は無い。報道はするが責任は無い。言論の自由を振り翳すが、そのペンは金を生む魔法の杖であり正義を糾す剣ではないし、何より闘い続ける意思などもともとない。

倖田來未の場合、完全に失言だし、僕みたいな夫婦ともども30代の人間にとっては正直不愉快極まりない発言だけど、多分10年前だったらそれ程騒ぎにならなかったはずだ。ネットがこれだけ普通にアクセス出来る様になると、ちょっと普通じゃない出来事は瞬間的に記録される。今回はそこに、この発言のあった番組自体を録音してた人がいて、発言部分がネット上に出回ったらしいから、とても今的な情報の拡散の仕方である。とにかく早いし、とにかく消えない。今、公的な場での顔を出しての発言は100%市民により検閲を受けている状態と言えるのではないか。
部分的な発言を切り取って、人格全体を否定すると言う日本人的な攻撃手法も気に入らないのだが、何よりそれについて祭り上げておいてその後に飽きてくるとほったらかしにするメディアと世間の姿勢には余計に不愉快である。次から次へとターゲットが出てくるので、何れ皆の興味が次へ移っていく。

ホントにこれでいいのか、と考えればやっぱり良くないだろう。
倖田の発言に対する対処法も、現在のイメージを維持したままでの早期復活にはベストの選択と所属事務所とかが考えてるんじゃないかと思うんだけど、筋としては「やっぱり発言は失言だった」とか、「言いたかったのは35歳を過ぎると妊娠しにくくなるからそれ以前の出来るだけ早い時期から子作りにチャレンジして!と言う意味だったとか」謝罪だったり、謝罪と言うよりも言い直しなり、何かのアクションをして、で、別に長々と謹慎しなくていいんじゃないかとも思うのだが。
アメリカのケースで言えば、問題発言で波紋を広げても自発的に謹慎ってあまりない気がする。メル・ギブソンの場合は業界から干された感じで仕事が無くなりそうになってたけど、謹慎と言う感じじゃない。まぁパリス・ヒルトンやニコール・リッチー、リンジー・ローハンとかは問題行動で刑務所まで行ってるのでケタが違うけど、それで禊を済ませて普通に社会復帰してくる。。。でも彼女達のは犯罪だからね。倖田のはEthicsの問題とか差別発言(年齢差別)の方になる訳だから、全く違ってくるはず。ちょっとここで具体的に比較出来ないけど。

でもやっぱり、ただ謝罪・謹慎じゃ、何も解決しない。問題の抜本的解決をしないで先送りする日本的体質の典型なんじゃないかと思う。

僕が彼女に言えるのは、自分が25歳で彼氏も居るし余裕だと思ってると思うけど、35歳なんてまさに瞬間的に来ちゃうよ、ってこと。10年あるから私はダイジョブ!と思ってても、時間は早い。ガンバレヨ!ってことですね。
posted by Harvey at 01:21| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

Footballの深さ

Football、と言う言葉はアメリカでは混乱を招く。アメリカンフットボールが当地ではFootballだから。

そんな理由でなんか知らない内に、Soccerと言う風に呼ぶようになってるけど、でも、僕にとってFootball=Soccerだから、まぁ実はどっちでもイイ。

そんなFootballが僕は好きです。
何で好きかって言えば、Footballは世界を映し、世界を超えて、世界を変えることすら出来るかも知れない、唯一のスポーツだと感じるから。

これは野球少年の人たちには分からない感覚なのかも知れないけど、野球では欧州が見えない。南米もあまり見えない。ラグビーではアメリカが見えない、南米が見えない。ゴルフは金持ちのスポーツだし、テニスもそう。SKIには雪山が居るし、道具も必要。そんなこんなでサッカーが一番容易く始められ、競技人口数も多い。

Footballの選手には富裕層の子や独裁者の子も居れば、スラムから這い上がってきた人達も沢山居る。移民の子も帰化した人も居る。その普遍性に惹かれる。

Footballは地域と共にある。Footballは国と共にある。そのプレースタイルやチームのスタイルには土着の風俗が染み出ていく。

Footballは政治に翻弄され、人種差別に弄ばれることもあるが、必死にそれを乗り越えようとする。

W杯とチャンピオンズリーグ、世界クラブ選手権、それらがますます商業化されて行く中で、Footballの世界がこれ以上穢されないことを、心から祈る次第である。
posted by Harvey at 12:06| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカーにまつわること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

祈りの意味が分かった時に見えたこと

人間が神に祈ると言う行為は僕にとって縁の無いものだと思っていた。
もうずっと長い間そう思っていた。

僕には祈るべき神も居ないし、信じる神も居ない。
信仰と言う発想は基本的に育まれないまま、30代を迎えている。
それはきっととてもとても、幸せな事なんだと思う。

祈りとは何なのか。僕には分からなかった。
何故なら、神に祈る必要なんて無かったから。
自分の生き方は自分で決めるし、自分の心の向きだって自分で決められる。
自分の悩みなんて自分で解決するし、解決出来なくても、相応に心を切り替えられる。
神は僕の胸の中だけに居る。それが僕の信条だ。
神への祈りと、自分の先祖や既に無い家族・友への祈りは、また少し性質が違うものだと思っている。

だけど、神に祈ると言う行為にしか、救いを見出せない瞬間と言うものがある、と言うことを知った。


贖罪

文字では僅か二文字。容易く文字は刻めるが罪など容易には贖えない。


謝罪

己の罪深さを知ればただ項垂れて許しを請うだけになる。


自らのあずかり知らぬところで起こった不条理が、自らの業を起点としたモノであった時、その出来事が自分の大切な何かを全てぶち壊してしまうのかも知れないと感じたとき、僕には祈る以外の方法が無かった。


分かった事ははっきりしている。
僕には大切なものが出来たんだということです。
自分自身ですら、破壊したかった僕に、護らなければいけないものがあると言うことは凄まじい転向です。

人間ってのは、時間と共に、変わっていく。
失くしてしまった沢山のモノが開けたこの空洞には、もう以前よりも多くのものが犇めいていて、ただただ、前に進む事でしか、渇きが癒せなくなって来ている。

これが生き続けた結果だ。
僕が生き続けて来た結果だ。
posted by Harvey at 13:51| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月17日

オシム監督の回復を祈る

イビツァ・オシム、サッカー日本代表監督が脳梗塞で倒れたとのニュースを読んで衝撃を受けました。高齢とは言え66歳、倒れられると言うのは予想の範囲外の出来事だし、非常に驚いた。

まだまだ日本サッカーは発展途上であり、オシム監督の教えを吸収しながら成長している段階だ。皮肉にも、オシム監督になってから日本代表を心配する気持ちが減り、期待が増幅した。だから、意見も減ったし、純粋にどうなるかを静かに見守る様な気持ちと態度になっている自分が居る。
マスメディアは代表が騒がれない事に対し、代表人気の低迷などと煽るが、それが全てではない。今、皆、オシム監督の作り上げるチームをじっと見守って居るのだ。日本がまだ実力不足だからこそ、その成長と積み上げを見守って居るのだ。本当の日本のサッカーを愛する人たちは。

そんな中で、オシム監督が倒れたことには言葉が無い。
ただ、その回復を祈る。一日も早い回復を。
監督を続けてくれとは言わない。そんな無理は言わない。
ただ、元気になって、日本のサッカーをどんな形でもいいから導いて欲しい。命とサッカーなら命を選ぶ、それくらい彼は命の重さを知っているし、家族を大事にする人間だから、もう一度監督になることは難しいとは思う。だから、外からでもいいから、我々のサッカーに厳しい言葉を投げかけて欲しい。

何れにせよ、今はどの様な想像も意味が無いだろう。
ただ、オシム監督の一日も早い回復を心より祈ります。ただ、願います。

そして、もし、願いが叶うならば
もっともっと先まで進む我々を、導いてください。
posted by Harvey at 04:16| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカーにまつわること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月26日

出る杭は打たれる

日本社会の醜悪な一面。出る杭は打たれる。僅か20歳くらいの若者をメディアがここまで叩く必要が有るのか。

結局のところ、事態を悪化させ、騒ぎを大きくしているのはメディア自身ではないのか。それだけ暇なのか。暇なのならば平和な日本だからこんな事になるのか。ということは日本はやはり平和ボケなのか。いや、マスコミだけがボケたままなのだろう。ここまで来るとマスコミの腐敗と醜悪さに多くの人間が気付いているが、当人達は気付かないのか。




亀田興毅と彼の父への思いを、メディアが蹂躙する権利は無い。
それは彼の中のモノだ。他者に語る必要の無いモノだ。
記者会見とは誰に対するものか、ファンに対して語るモノではないのか。ならば、メディアの質問に何故答える必要が有ったのか。それは彼らがファンの代弁者だった時代が有ったからだろう。だが、最早彼らはファンの代弁者足り得るのか。いや、全く持って、メディアはメディアのロジックで勝手に走っている。むしろ彼らはファンを煽り、対象者を助長させる。そんなメディアを僕は心から醜い存在だと思う。そんなメディアの前で行われる記者会見には既に意味が無い。日本からこの愚かな儀式=カメラの前で頭を垂れる事で贖罪が行われると言う形式的な儀礼が無くなる事を心から祈る。あれほど意味が分からない・無意味な光景はないし、恐らく日本の特徴的な部分だろう。もう、共同体は壊れてしまって居るのに???幻想の共同体に頭を下げるのか???


亀田興毅に浴びせられたフラッシュが彼の心にどれだけの傷を付けるのか。願わくばこの若者が前向きに反省しながらも強く逞しくなってくれることを祈りたい。

メディアが愚かであり、最も制裁を受けるべき存在ではないのか。
その方法は簡単で、メディアを無視すればいいのだが。
posted by Harvey at 22:44| ニューヨーク ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

時間が全てを癒すのか

消えない傷痕が胸の奥にあるとして
その傷痕は消えないけれども、痛みは徐々に癒えていく。

傷痕は残るけれども、それを直視しなければ、本人すらそれを忘れていく。

そうして人は辛く悲しい記憶から訣別するなり卒業するなりして、再生していくし、そこまでの鈍さなのか強さなのかを持たない人達はその痛みに苦しみ続けることになる。ただ、苦しみ悲しみも人それぞれだし、戦争などの様な圧倒的な暴力を体験した人々の苦しみは、本人が如何に強い心を持っていても、痛みを引き摺るのが普通だろう。

一般的に言われる様に、「時間が全てを癒していく。」
これは真実だ。が、僕は容易にそれを受け容れたくない。

人間は忘れることが出来る生き物だ。悲しみを忘れなければ生きていけない。そうも言われるが、僕は容易にそれに屈服したくない。

苦しみと悲しみの時間が僕を育ててくれた。
あの闇が僕の中にあるからこそ、僕は今こうして生きている。
僕はもう、この痛みを無しには生きていけない。

だから時々傷痕を指で辿って思い出す。あの日あの場所で、壊れてしまった僕の、あの傷付きやすかった心を思い出す。
そして全ての結果は自分自身の選んだ道と改めて知るのだ。
そしてこの痛みを思うたび、僕の中で忘れかけられていた小さな火種が燻り始める。

忘れてはいけない。
悲しみも、苦しみも、あの時背負った覚悟も、自分で決めたことも。
手を差し伸べてくれた人が居たことも、僕の心を踏み躙った人が居たことも。
僕は忘れない。

痛みを抱いたまま、僕が自分で選んだ道を僕が自分で選んだ方法で走る。
僕を突き動かすものは、この怒りと、理不尽なこの世界への復讐に燃える狂気に他ならない。

僕はそんな風にしか生きられない。
posted by Harvey at 22:40| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最近のサッカーライフ

いきなり全然違う話で恐縮ですが。
最近のサッカーライフがかなり激しい。

ここ数年間、毎週定期的にインドアサッカーをしてきたワケですが、今年はメンバー不足を理由に半年くらいチームが休眠してた。

それがこの9月より復活。非常に嬉しい。
However,
最近突然別のサッカーチームにも人手不足なのでお誘いを頂き、さらに学校のジムでのインドアサッカーにも来いとクラスメートからお誘いを頂いている・・・。

週3でサッカーすか????

うーーん、正直部活じゃないんだから、無理、と言いたいところです(笑)

でも、人生でこんなにサッカー出来る期間はもう来ないかも知れない。そう思うと飲むより何より、サッカーじゃねぇか、と思うわけです。

でもさすがに34歳にもなるとですね、スピードが落ちるね。かつては100Mを11秒台ギリギリで走れたはずなのに、今ではきっと13秒台も危うい気がする。日々筋肉が落ちておなかが出てきている気がする。癖になっている捻挫が直ぐに悪化する。
と言う事で、日々衰えていく自分自身を突きつけられると言う切ない時間でもある訳です。かつては無限に走れたスタミナも、やはり日々のトレーニング無しには維持出来ない(当たり前だが)。

でもまぁ、最近代表クラスでの経験が有ると言う超有望新人が加入したこともあり、インドアサッカーは連勝中です。1人凄まじく上手い子が入っただけで、サッカーってこんなに変わるんだなと。他の選手たちまでもが変わってることが凄い。僕もボールが来ると思ったら、普段より走る事を厭わないモンなぁ・・・

そんな訳ですが、僕はサッカーあまり上手くないです。残念ながら。
かつてはそれを体力と下半身の粘り強さでカバーしてたのに、いまや・・・
posted by Harvey at 00:07| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカーにまつわること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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