2008年07月24日

垂れ流される情報、そして悲しみだけが積み重なって行く

通り魔事件が起きると、「誰でもよかった」というコメントが垂れ流される。

犯人が判明すると、親を名乗る者がTVに向かって自己弁護を繰り返すか、無意味に自身の不明を嘆く。

報道が一段楽するかしないかの内に、次の不可解な事件が起こる。
メディアの興味は直ぐに次に移り、怖いとか、世の中おかしい、とか、日本の治安は悪くなった、と言う何の解決にも誰の得にもならない無意味な言葉だけがソコに残される。

そして、悲しみだけが積み重なっていくのだ。

ただ、悲しみだけが積み重なっていくのだ。

何故、隣人に暴行された挙句、切り刻まれてトイレに流されねばならないのか。家族の怒りや悲しみは想像を絶する。

何故、ただ道を歩いていて、刺し殺されないといけないのか。ひき殺されるのか。本屋で刺されるのか、駅で刺されるのか。街で刺されるのか。顔見知りのストーカーに撃たれなければならないのか。理不尽が積み重なるこの世界は誰が作ったのか。

誰もが容易に動画を撮れるが故に、衝撃的な犯人の映像が晒される。
警官が訓練を積んだだけの普通の人間であることも晒される。

何をどう怒ればいいのか、それすらよく分からない。
だけど、分かってる事は、社会全体がもっと真剣に教育や道徳、社会と個人の係わり方、雇用の形態、セーフティネットの確保などの色々な事を考えないといけないと言うことだろう。

正社員じゃない人たちが起こした事件だから、雇用の安定性を高める為の法律を作る、と言う短絡的な発想を、日本の政治家は直ぐに抱くが、大きな間違いだし、大きなお世話だ。企業が辛うじて支えている日本経済を、どうする気なのか。もっと真剣に妥協点を探すのか、セーフティーネットを確保するとか、雇用の流動性を高める様な仕組みを作る方が余程大切だ。

クールビズの宣伝に掛けている金額の半分でも、日本人の雇用の流動性を高める為の啓蒙活動に使えばいいのに、とも思う。

だが、いずれにせよ、悲しみが積み重なるこの国に、若者が希望を持てるのか、僕には自信が無い。

通勤列車の中の、死んだ目の、他人に無関心な人々の群れを見るたび、僕は思う。この国には希望が無いのではないか。

生きる、と言うことにもっと真面目に取り組むべきだと、今、心から思う。
posted by Harvey at 00:50| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

タタのジャガー、ランドローバー買収に思う

ジャガーとランドローバー。
何れも結構、憧れの車だったりする。
まぁ、僕自身はジャガーはちょっと遠慮したいとは思ってる。何故かと言うと上手く説明出来ないが、ジャガーはちょっとキザ過ぎる。

いや、格好良く乗るとキザ過ぎて、格好悪く乗ってる人の場合は単なる成金でダサ過ぎる。僕は勿論成金ではない(そもそも金が無い)のだが、無理して買って格好悪くって、成金っぽく見えるのなんて絶対にイヤである。

ランドローバーは何ていうか、イメージ的には軍用車で止まっちゃってるんだけど、ごつくて渋い4輪駆動という感じ。まぁゴツクなくって渋くない4輪駆動ってどんなのよ?と言う疑問も有るが・・・。
でも、個人的にはメルセデス・ベンツのウニモグこそが、憧れの4輪駆動な僕としては、ローバーはソコまで魅力的でもないかも。まぁ、判断の基準がエリア88と言う愛すべきマンガに引き摺られていることは最早止むを得ないのですが。

それはともかく、そんなジャガーとランドローバー、最近は米フォードの傘下にあったそうですが、この度なんとインド最強の巨大財閥タタさんに買われたとの報を聞き、微妙なショックを受けた訳です。

まぁ、ロックフェラーセンターのビル群を日本資本に買い漁られた時の米人のショックに比べれば、まさに蚊に刺されたほどでも無いと言うか、他人の話なんでどうでもいいんですが、しかし驚きますね。買ったのがTOYOTAでもなく、BMWでもVWない辺りに。まぁ、Competitorに売らなかったと言う判断なのか、純粋に高値を付けてくれたのがタタだったのか。どうなんでしょうね。

しかしまぁ、ジャガーとランドローバーのブランド価値が落ちるのは避けられないでしょう。

つまらない話ですが、IBMのTHINK PADがレノボのTHINK PADになって、中身はきっと変わらないのだろうけど、やっぱりちょっと中国系だしよっぽど格好良くなかったらファーストチョイスにはならないな、と言う感覚がどうしてもあったりしたので。

ジャガーがインド資本と思うと、ちょっとしょげる。
世界中でどれくらいの人がそう感じるか、僕には分からないし、ジャガーやランドローバーと言うブランドは勿論維持するだろうから、関係ないと考える人にとっては関係が無いとは思う。でも、どうだろうね。

と言うことで、今後のジャガーに特に注目したいと思いました。
まぁ、僕はジャガーはもう買いません。いや、元々買えないんだが。将来の乗りたい車リストから落とします。何となく。

憧れとは常にPerfect Worldを追うモノなのです。。。
posted by Harvey at 17:03| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月14日

ドル安?円高?ってか、100円切るの??!

ロイターより
急激な為替の変動はどんな場合でも好ましくない=大田担当相
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-30827820080314?feedType=RSS&feedName=topNews


あと、2008-03-14 Morningの「N I K K E I −g o o 日経ニュースメール」より以下抜粋
┏━━市況━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ◆NY円相場、100円60―70銭
  13日のニューヨーク外国為替市場の円相場は前日比1円10銭円高・ドル安
 の1ドル=100円60―70銭。
┏━━トップニュース━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ◆円相場、一時99円台・95年10月以来の円高水準に
  円相場が12年ぶりに1ドル=100円の大台を突破した。13日の欧州外国為替市場
 で一時1ドル=99円77銭まで上昇し、1995年10月以来、12年5カ月ぶりの円高・ド
 ル安水準をつけた。米欧などの金融当局は資金供給の協調行動に踏み切ったばか
 りだが、米景気の後退懸念が強く、ドル相場は全面安の様相を呈している。
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛




と言うことで、1、2年前には1ドルが100円切る日がこんな早く来るとは全く思ってなかった。非常に衝撃的な動きですね。
まぁ、ちょっとスポット的な下げで、これからずっとこのレンジと言う訳ではないみたいだけど。僕も細かくWatchしてる訳では勿論無いので今後の動きなぞ予想もつきません。ただ、地合いはやはり円高と言うか、ドル安にならざるを得ないのかもね。暫くの間は。ただ、この暫くの間、と言う期間が最近ドンドン短くなってるのが怖いところですが。

NYだけを見ていると、確かにWall街では厳しい動きがあり、何となく不景気っぽい顔も増えてはいると思うけど、知り合いがレイオフされたケースは今のところないし、まぁ大学院の同級生が金融系に就職するのにかなり環境が厳しいと伝え聞く、と言うくらいだろうか。5番街の店は繁盛してるし(まぁニューヨーカー以外が買っているという説も濃厚)、米景気の交代懸念は肌感覚ではまだもうちょいと言う感じではあるが・・・。

ただ、ブッシュのオッサンの発言や原油高やらその他諸々を考えていくと、明るい要素はアメリカ人の気質くらいかも。と思ったり。いや、ロシアと中東の富豪。中国人の中途半端リッチ層が、NYクラスの観光エリアなら買い支えてくれるのかも。

日銀総裁すら決められない様な国に投資家が集まる道理はないので、ますます日本市場は弱まり、株価は世界的には割安化し、日系企業に頼りっきりの日系メガバンクは勿論上昇せず・・・と言う、とっても楽しくないNegative Spiralが見えそうで不愉快。

権力は中から腐る。腐り落ちるなら可及的早期に願います。

ほんと、何したいのさ?と思ってしまうんだが、それは僕が子供だからか。
posted by Harvey at 14:04| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

いま、ここに有る危機、My Agenda

僕自身が日本で生きていくに辺り、やはり、生活し易い、と言うか、納得出来る社会で有って欲しい訳です。

そうすると相当変えていかないといけない。

と言うことで今思って居る問題点を書いてみます。

1、教育の問題 今の教育では日本は世界で競争力を失う
2、人口減の問題
3、日本社会の閉鎖性の問題
4、働く女性へのサポートの問題
5、4に続き子供を作りたい家族、子供を育てている家族への社会のサポート
6、5の亜流でそういう女性への男性の理解の無さ
7、若いこと、若い者が素晴らしいと言う幻想社会の存在
8、価値観の多様性の無さ
9、ナベツネをはじめとする権威主義者の支配
10、9に繋がるメディア、ジャーナリズムのレベルの低さ
11、人材流動性の低い社会の弊害
12、強すぎる官僚制度
13、滅私奉公を良しとし人間らしさを追及し難い社会的価値観
14、政治制度の問題山積み
15、中途半端な株式市場の市場主義

などなどでしょうかね。。。まぁいきなり書いたんで練れてません。もっとあるね。しかも整理されてない。。。。

まぁおいおい考えていきたいです。
posted by Harvey at 03:51| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

JTと日清、冷凍食品の統合解消の報を聞き

まず思ったのは対応が早いな、ということ。

次に思ったのは何処かの記事で読んだ(多分日経ビジネス)加ト吉の社長でJT出身の金森氏の冷凍食品事業に懸ける想いについてだった。

中国産の食べ物が増えるのはしょうがないし、日本の食糧政策が自給自足を促進していないのだからしょうがない。個人的にはやはり食料の自給率はもっと上げていくべきだと思うが人口減少に対策を打たないままならこのままでいいのかよ、とも思ったりする。

それはともかく、まだ犯罪なのか事故なのか、JTが加害者なのか被害者の1人なのか、何も分からない段階での統合解消発表は果断だなと感心半分、速過ぎるなと不信半分である。これを口実にJTと日清の間の膿が出てしまったと言うべきか。

それはともかく毎日JPの記事に下記の様な話が載っていてびっくりした。

<下添リンク先より抜粋>
報道陣から「大変な時期なのに(統合解消という企業側の)『カネ計算』をしていたのか」と追及され、「責任をとったということだ」と語気を強めた。辞任については「今果たすべきは早期解決のため最大の努力を果たすこと」などと声のトーンをやや強め否定。被害者宅を訪れ、謝罪する意向を示した。


http://mainichi.jp/select/jiken/gyouza/news/20080206k0000e020043000c.html?inb=yt

如何に報道機関の人達が不勉強か、と驚かざるを得ない。メディアのレベルの低さは相変わらずである。大変な時期だからカネの計算をするのだ。企業は株主の事も考えねばならないに決まってる。勿論お客様の事も考える。だが、同時だ。JTクラスの会社が片方しか出来ないなんて有り得ない。JTの対応が後手に回った部分は無くはないが、事件発生から同時平行的に直近では最大の経営問題である冷凍食品事業の統合についてどうするか考えるのは非難されることではないだろう。逆にそれを放置して株価が乱高下したり、態度が明確にされず株主が混乱することは別の意味で経営責任を問われるではないか。この記者の質問は企業のstakeholderが誰なのかと言う根本的な視点が欠けている。大変な時期と言う質問の仕方も極めて日本的であり、意味が分からない。本気でビジネスしてたら何時だって大変である。

そんな訳で非常に違和感を抱いた訳だが、日本ってやっぱりこんな感じなんですかね。楽しくない国ですね。帰るのが怖い・・・と言うところに着地してしまう訳です。最近は。
posted by Harvey at 06:05| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

日本らしさ

謹慎して嵐が過ぎるのを待つ、これが一つの日本的問題解決法。
別名、雲隠れしてほとぼりが冷めるのを待つ法。
言い換えれば、やり過ごして全て先送りする何も解決しない解決法。
頑張って言えば、時が全てを解決してくれる、と言う果報は寝て待て的解決法。

まぁ所謂失言の類ではあるんだけど、倖田來未の発言後のHPで謝罪⇒活動自粛と言う動きを見ていて、ほんと、日本って変わらないな。と思った訳です。メディアの受け止め方もまた変わらないと言うか、全然ダメですね。自粛するのが当たり前、みたいな。

自粛してる間、メディアが騒ぎ立てるけど、あっと言う間に次の事件が起きて、気がつけば皆事件を忘れてる。もう次の事件に興味が移ってる。そういうのが日本では何時も繰り返されていて、どんどん事件自体が消費されて行く。そして何も残らないし何も解決されない。

殺人事件とか薬害事件とか、そういう類の事件もどんどん風化する。それを押さえる為に遺族が多大な犠牲を払って活動しているが、それでもどんどんと風化していく。長崎のスポーツクラブでの射殺事件、あれ程の事件で有りながら既にやや記憶の中の出来事になりつつあることに愕然とする。メディアはその場では騒ぎ立てるがそこから先は無い。報道はするが責任は無い。言論の自由を振り翳すが、そのペンは金を生む魔法の杖であり正義を糾す剣ではないし、何より闘い続ける意思などもともとない。

倖田來未の場合、完全に失言だし、僕みたいな夫婦ともども30代の人間にとっては正直不愉快極まりない発言だけど、多分10年前だったらそれ程騒ぎにならなかったはずだ。ネットがこれだけ普通にアクセス出来る様になると、ちょっと普通じゃない出来事は瞬間的に記録される。今回はそこに、この発言のあった番組自体を録音してた人がいて、発言部分がネット上に出回ったらしいから、とても今的な情報の拡散の仕方である。とにかく早いし、とにかく消えない。今、公的な場での顔を出しての発言は100%市民により検閲を受けている状態と言えるのではないか。
部分的な発言を切り取って、人格全体を否定すると言う日本人的な攻撃手法も気に入らないのだが、何よりそれについて祭り上げておいてその後に飽きてくるとほったらかしにするメディアと世間の姿勢には余計に不愉快である。次から次へとターゲットが出てくるので、何れ皆の興味が次へ移っていく。

ホントにこれでいいのか、と考えればやっぱり良くないだろう。
倖田の発言に対する対処法も、現在のイメージを維持したままでの早期復活にはベストの選択と所属事務所とかが考えてるんじゃないかと思うんだけど、筋としては「やっぱり発言は失言だった」とか、「言いたかったのは35歳を過ぎると妊娠しにくくなるからそれ以前の出来るだけ早い時期から子作りにチャレンジして!と言う意味だったとか」謝罪だったり、謝罪と言うよりも言い直しなり、何かのアクションをして、で、別に長々と謹慎しなくていいんじゃないかとも思うのだが。
アメリカのケースで言えば、問題発言で波紋を広げても自発的に謹慎ってあまりない気がする。メル・ギブソンの場合は業界から干された感じで仕事が無くなりそうになってたけど、謹慎と言う感じじゃない。まぁパリス・ヒルトンやニコール・リッチー、リンジー・ローハンとかは問題行動で刑務所まで行ってるのでケタが違うけど、それで禊を済ませて普通に社会復帰してくる。。。でも彼女達のは犯罪だからね。倖田のはEthicsの問題とか差別発言(年齢差別)の方になる訳だから、全く違ってくるはず。ちょっとここで具体的に比較出来ないけど。

でもやっぱり、ただ謝罪・謹慎じゃ、何も解決しない。問題の抜本的解決をしないで先送りする日本的体質の典型なんじゃないかと思う。

僕が彼女に言えるのは、自分が25歳で彼氏も居るし余裕だと思ってると思うけど、35歳なんてまさに瞬間的に来ちゃうよ、ってこと。10年あるから私はダイジョブ!と思ってても、時間は早い。ガンバレヨ!ってことですね。
posted by Harvey at 01:21| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

未熟者を祭り上げては血祭りに上げる、日本社会に未来はあるか

亀田大毅の一件には正直うんざりした。とか言いながら、YOUTUBEを駆使して問題の試合も満たし、リフレインされる父親と兄の発言も聞いたし、その後のワイドショーの特集やら、謝罪会見やら一通り網羅した。

安倍前首相の辞任には腰が抜けるかと思うほど驚いた。職を懸けると言った人間が数日後に辞任するとは何事か。気がふれたのか、と思ったら本当にかなり終わっていたようで、ここはニュースや識者のコメントと大差ない感想である。

朝青龍の問題は、相撲協会と言う組織や親方の指導力だけではなく、もっと大きな病巣を感じさせた。

上げればキリが無いが政治家とスポーツにこういう恥ずべき事態が多発している。

ハンカチ王子、ハニカミ王子、数限りなく生み出される幻想のヒーロー達は何れもまだまだ未熟な少年達だ。

僕自身が今の日本社会が病んでいると思うのは、こう言う未熟者達を寄ってたかって有り難がり、凄まじい勢いで消費して、そして一旦何かが起これば社会全体で血祭りに上げると言う現象が止まらないことだ。

亀田大毅は何故記者会見をして謝らねばならないのか。誰に謝るのだ。
亀田大毅は内藤大助に直接謝罪した。それだけがすべき事だ。

朝青龍が仮病ならば、何故それを証明もせず、情緒的な問題だけで処分するのか。暗黙の了解を外国人に求める度量の狭いこの社会は不愉快だ。

亀田大毅は18才の小僧に過ぎない。朝青龍も横綱とは言え所詮27歳でまぁ結構オトナだがまだ若く、人間的にはもっと未熟だろう。

安倍前首相はいいオトナだが、全く持って政治家としても1人の男としても未熟で幼いお坊ちゃまだった。ハンカチ王子は高校卒業したばかり、ハニカミ王子はまだ高校生だ。問題発言をしたとバッシングされた若い女子プロゴルファーもいた。

やや焦点はずれるが、例の弟子が死亡した時津風部屋の親方も、どうやら正直言って、他人を鍛えるには未熟過ぎたのではないか。

愚かな大手メディアは未だに視聴率と言うバカな数字を稼ぐ為に、愚かな策を練り、それを視聴者に押し付ける。視聴者は、@気付かずに楽しめる者、A違和感を感じながらも垂れ流されるものを受け容れる者、B価値が皆無のこういう情報を自らシャットアウトしてメディアから離れていく者、などに大きくは3分されると考えられるが、その数字の内訳はどんどん変わって行って居るのではないか。既にAとBの数が@を圧倒しているはずだ。

にも拘らず日本社会はまだ未熟者を祭り上げ、彼や彼女が失敗すると血祭りに上げる。メディアだけでなく、全ての人々が叩く。バカな話だ。

問題は個人に有る場合もあるが、それは限定的だ。
問題の根はもっと深い。

未熟者が血統と周囲の保身と義理による後押し、そして世論の雰囲気だけで、何の準備も、十分な実力も無く、誰もが一目置くような学歴も実績も無く、総理大臣になれる国はバカげている。
差別発言を繰り返す、愚かな男が、血筋と親しみ易さと経験を武器に、総裁選に出れる様な政党は腐ってるし、神の国等と言う、時代錯誤且つ、戦後の全てを否定する様な言葉を平気で民衆に吐き、それを恥じない様な政治家が隠然とした発言力を持つこの国の政治は狂ってる。彼らもまた、政治家として余りに未熟なのではないか。

心技ともに未熟な18才の若者を33歳の幾多の苦しみを乗り越えてきたチャンピオンに本気で勝てると思ってリングに上げたのか。

未熟な者が分不相応な場所に居るのには2つ可能性がある。日本的な血統や義理人情によりその場所に据えられた場合と、大衆には幻想を与えメディアには食い扶持を与えるが故に世間に祭り上げられた場合だ。安倍前首相の場合はその両方があったから総理になれたのだろう。

確かに限定的な実力はあるだろう。だが、何れも共通するのは老いたオトナ達が若者を搾取して消費する悪意に満ちた意図と構図だ。

周囲のオトナ達が愚かならば亀田兄弟の様に辱められ、周囲のオトナがまともならば、石川遼の様に道を外さない。もし、石川遼と一緒にコースを回った先輩ゴルファーが金の為にマイクを付けることを承諾していたら、事態は考えられないくらい悪化し彼の未来すら大きく捻じ曲げたかも知れない。だが、この策略は余りにもそのゴルファーの誇りを蔑ろにするものだったに違いない。間違いなく、スポーツを愛さないものが係わったとしか思えない一件ではあった。

何れにせよ、未熟者を祭り上げるこの社会は狂ってる。何時まで村社会のつもりなのか。もう村社会など崩壊していると言うのに。世間に謝罪しろとは何か。その世間に心の繋がりなど微塵も無いではないか。

先方に立つのはメディア。支えて居るのは視聴者だ。

この社会を変えるには、メディアに騙されないことは必須条件だ。特に日本の大手既成メディアには、心あるジャーナリストやプロフェッショナルも数多く居るが、その経営戦略が既得権益に依存するが故に、彼らもまた迷いの中に居る、若しくは迷い無く狂って行く。

日本人はもっと自分自身のことに一生懸命になった方がいい。
我々が豊かで有れる時間があとどれくらい残って居るのか、僕には自信が無い。だから、必死で日本を変えていくべきだ。この国はこのままでは、住んでいても怖ろしく退屈で物質的精神的に貧しい、幸せな国に成り果てるだろう。
posted by Harvey at 02:39| ニューヨーク 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月30日

相撲の未来

大相撲の時津風部屋で時太山(ときたいざん)=当時17歳が稽古と言うか、暴行を受けて死亡したと言うニュースを読んだ。

最初は事件性が無いとされていたが、取調べが進むにつれ、証拠隠しや口裏あわせ、誠意の見えない真実を隠蔽する様な、己の保身か相撲界としての保身か、分かりはしないが、異常な体質が浮かび上がって来て居る様に見える。

横綱朝青龍は「怪我をしているのにサッカーをしていた」と言う罪で相撲界からもメディアからも、恐らく大衆からも集中砲火を浴び、外国語の日本語で精神科の医師による診断を受け、鬱病だかなんだかと診断され、賛否両論の中モンゴルに戻り、既に元気になって居るらしい。

村上龍氏が少し前に自身のコラムで言っていた様に、朝青龍の罪はなんだったのかはっきりしない。笑顔が罪だった、そういう捉え方しか出来ない。怪我がウソだったのなら、診断書を書いた医師を訴えることが出来るはずだが、それは為されなかった、と言う氏の意見には納得出来る。全てが曖昧なまま処理されていく、情緒と感情論に流され曖昧な罪で不自然に裁かれ、全てが曖昧なまま、その人はほとぼりが冷めれば戻って来る。

極めて日本的であり、日本の国技、相撲に相応しい、とも言えるかも知れない。しかし、スター不在、日本人力士の弱体化と人数減、不透明な判断基準に、隠蔽体質。

相撲界には未来があるのだろうか。
旧き良きしきたりは非常に価値有るモノでそれが喪われれば、相撲の魂が失われる、とも考えることが出来る。
だが、相撲は既に興行となっていて、ファンと力士に支えられている。その双方を失うのであれば相撲はまた神事として生き残るしかなくなってしまうのかも知れない。

閉ざされた世界の中で育った人材が古い仕来たりしか知らないまま相撲界を采配していけるのか。外部の人材を入れるという勇気が必要ではないか。少なくとも意味不明のメンバーが偉そうに講釈を垂れるばかりの横綱審議会等は、最も意味の無い組織だろう。まぁ無いよりマシなのか・・・いや、不要だろう。角界は今直ぐ、変革に向けて動き出すべきだ。
posted by Harvey at 14:09| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

政治家の不祥事を追及するだけじゃダメなんだよ

と、思う。

これだけ多くの政治家が、しかも閣僚に上り詰める、云わば政治家の中での成功者達が、バタバタと不祥事で倒れていく訳です。

お金絡みの不祥事系
人事絡みの官僚との闘いや軋轢を収められない内紛系
不倫とか下半身系
一向に減る気がしない軽はずみな問題発言系

ってかさ、ここまで幾らでも出てくるってことは、システムに問題があるんだよ。田中角栄さんの作った利益分配システムはもう通用しないし、自民党の集票システムもワークしない。政治家の集金システムももうoutdatedなんだよ。それ以上に、政治家を選ぶ選挙制度自体がもう意味を成していない。総理大臣と政党と閣僚と国会の全ての関係ももうワークしていない。

そんな政治家に期待する、既得権益にしがみ付く業者も、政治家を意のままに操ろうとするお役人も、それに甘えて美味しいところをつまんで威張ろうという政治家も、どの発想ももう古過ぎる。

今、情報は隠せない時代になった。ありとあらゆるソースから、匿名で情報は流れ出す。恐持ての脅迫も、社会的地位の喪失も、気にせずに情報を垂れ流せる時代。

ダークな部分もひっくるめて政治だった時代は終わったし、ダークな部分で上手に世の中を取り仕切りつつ自らも権力を手にする官の論理も通用しない。

そんな世の中になってきてるはずなのに、マスコミはただ感情的に説明責任説明責任、任命責任任命責任とアホの様に騒ぎ立てる。
マスに対するジャーナリズムなんか日本に無いとしか思えない。

官僚達は気付いてる。システムがもう駄目ってことに。でも、彼らにはそれを壊すメリットが無いのだと思う。優秀過ぎることで限界の線を自分で引いている。優秀過ぎることで自分達の足りない部分に目をつぶれる。

政治家は気付いてる。今まで通りじゃ上手くいかないことに。でも、日本を背負う気概のある政治家はもう居ない。政党の枠組みを超える政治家はもう居ない。本気で国家を変えようと考えてそれを実行できる実力のある政治家ももう居ない。お坊ちゃまとお嬢ちゃまが、日本の政治を腐らせる。人気と権威が好きな無勉強な政治家が日本の政治を腐らせる。

マスコミは組織として、既得権益を国に護ってもらっている時点で既に死んでいる。

死の国ニッポン
本当にぶっ壊してやりたいと心から思う。
でも、まだ力が足りないし。それは僕の仕事じゃないから、少しづつ、変えていくしかない。でも間に合わないかもね。

変わらなければ死んでしまう。
そういう時代にもうとっくになってるのに、どうして目を瞑ったまま、この愚か者の舟は沈もうとしているのか。




で、余談だが

ってか、結局朝青龍の最初の罪って何だったの?怪我してるのにサッカーしてたのが罪なの?ってか、怪我してたらサッカー出来ないの?まぁ出来無そうだけど、それって誰か確認したの??????

ってか、何で朝青龍を誘き出した中田英寿氏を誰も責めないの???

全然わかんないよ。僕的には。分かる人には分かるんだろうか・・・

感情論じゃなくって、有る程度論理的に、説明して欲しいのだが。

本質を曖昧にしたまま世論を煽るマスコミ、煽られる愚かな大衆。そんな大衆ってまだ日本にいるの????と思ってしまうが、居るのだった。居るのか????オレは居ないと思ってたのだが。居るみたい。うーーーーーん。
posted by Harvey at 14:32| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月26日

「変わらない方がいいもの」と「変えるべきもの」@

非常に感覚的な話だが日本人は集団として「変わらない方がいいもの」と「変えるべきもの」を識別してそれぞれの問題解決に取り組んでいく能力に著しく欠けて居るのではないか、と思うことがある。

アメリカはそもそも「変わらない方がいいもの」なんぞほとんど持って居ない。何故なら大した歴史が無いからだ。この国にとって重要なのは錦の御旗としての「フロンティア精神(自分の身は自分で護ると言う発想もここから来ている)」や「市場経済の信用性維持」と言った非常にシンプルで分かり易いものだ。
前者はアメリカンドリームがまだアメリカに有ることとも繋がっていくが、銃規制がなかなか進まないと言う現実にも繋がっていく。
後者が最も明確に示された事例は、個人的にはアーサーアンダーセンの解体だったのではないかと思う。日本では反社会的な経営を行っていた企業や組織の多くが生命維持装置を付けられたまま今も不自然に生きながらえている。潰れたらその従業員や下請けの人々が皆路頭に迷うと言う大義名分の元でだ。だが、こんなバカな事は無いと思う。日本社会にセーフティネットが無いことこそが問題であり、場当たり主義的に社会的に信用度を喪った企業をそのまま活かしておいても何の解決にもならない。ただ、アメリカでは偽装問題程度では反社会的というレッテルは押されない気がする。この国では株式市場での評価でその企業や経営陣を抹殺していくのではないだろうか。特定の巨大企業の不祥事では相応の社会的制裁もあると感じるが、日本の様に国中で寄って集ってと言う気味の悪い現象はあまり多く見られない。

一方の欧州はこれまた極めて多様な文化が入り混じっていて一言で括ることなど不可能ではあるのだが、常に国境線を意識しながら他国の侵略や干渉に危機感を抱いたり、逆に他国に侵略・干渉してねじ伏せてきたりと言うことを日常生活の歴史の一部としてきたこのエリアの人々は、変えないで残すべきもの(例えば民族的な慣習とか宗教心とか古代からの自国のルーツとなる様な遺跡など)と変えるべきものを瞬時に理解する訓練が出来て居る様な気がする。

それはともかく、「変わらない方がいいもの」と「変えるべきもの」の話だが、日本と言う国において今明確に分かって居るのは国家を運営する国会と政府と官庁のシステムが既に崩壊しはじめていることだ。
にも係わらず、内部の当事者達が全く気付いていない様な発言と行動を繰り返して居ることに鳥肌が立つほどの違和感と恐怖を感じる。

政治家は本来社会(と言うか世界)の変化を読み取って、未来を予見しつつ、国家をより良い方向に導いていくべき存在のはずだ。まぁ僕の勝手な理想像だが。国益を最大化することこそが政治家の任務と言うような極論もあるが、一人の政治家(というより人間)に出来ることなどたかが知れており国益を優先するなり何らかの問題に取り組むなりはその人のライフワークが何処にあるかにヨリケリだろう。その辺は、その為に数多くの政治家が居るのだから、全体としてバランスを取れればいい。だが、何れにせよ、そのライフワークの全ては人気取りの為ではなく、信じる国益なり人類愛なり美しい国なり何だか分からないがとにかく公共益となる様なものに基くべきだ。
最近の政治家の言動や行動を見ていると、まぁ選挙の前後と言うのを差し引いて、加えてもっと長いスパンで見てみると、彼らの興味は永田町の中の勢力争いとか、自民党と民主党の第1党争いとか、非常に小さなコップの中での出来事であることが良く分かる。
確かに目の前の今そこにある危機こそが、政治家自身やその家族、加えて政党や派閥にとっての死活問題なのは良く分かる。だが、そんなことばっかり、国の意思決定をやってる人達が考えててどうすんの?ってことです。彼らの資質にも非常に疑問が有るが、最大の問題点はやはり「選挙制度」と「マスコミを含む国民の政治や国益への無関心・無知」ではないだろうか。加えて利益誘導型の政治スタイルが既に限界を超えているにも拘らず、それを変えたくない勢力と変えないといけないことを理解していない勢力がうろうろしていることも非常にネガティブな要因だと思う。

国家のトップがこの有様でその場凌ぎの何ら抜本的インパクトの無い無益な政策の破片を連射することのマイナスは計り知れない。

何でこういう制度を本気で変えようとしないのか。
何で省庁再編とかそういう小手先ばかりで抜本的な官僚制度の見直しとかしないのか。
何で選挙制度や国会の姿かたちを変えて国をもっと有機的に運営出来るように出来ないのか。
何でプロゴルファーのお父さんで人気が有るだけの人や特別な経験も無さそうなほぼ現役ニュースキャスターが国会議員になれるのか。

確かに田中角栄の作った利益の分配システムは崩れつつあり、既得権益にしがみ付く人々の姿が醜く目立つ世の中にはなってきた。これは小泉前首相の残した最大の遺産だと言う指摘があるが賛成である。そして政治のシステムは変化し始めている様にも見える。だが、何もかもが遅過ぎる。グローバリゼーションが進み、ネットでの情報伝達はほぼリアルタイムに世界を繋ぐ。加速度的にスピードを上げている世界の回転の中で日本の国家としての意思決定は余りにも遅く悠長で牧歌的ですらある。

そして、議論は何時も瞬間的に沸騰し、ただ対象を袋叩きにし、何も結論を必要とせず、徐々に消えていく。全ては先送りされるか、スケープゴートになった象徴的人物の全てを奪い取って終わる。

例えば日本国憲法だって改正していくべきものだと思う。アレが全てなんてアホな話は無いだろう。それじゃ野球憲章がどうのこうのといい続ける日本高野連と大差ない。変える必要の有る者は変えていくべきだ。

時間は流れているし、時代は変わっていく。人類が未来永劫存在し続ける可能性など恐らくは無いと僕は信じている。まぁ億年単位の話だが。
何れにせよ、我々の生きてる世界には時間があり、時流がある。万物流転である。ならば変わらないこと、変えないことは罪だし、変わらなければ死んでしまう。僕はそう信じてる。

阿部首相の最近の苦悩は計り知れないし、そもそもメディア経由でも全然伝わってこないので何とも言えないのだが、心情的に彼を応援したいと思って居る僕ですら応援する材料が無いくらい彼は国民に語る言葉を持って居ない様で非常に寂しい。一国の宰相がこの表現力と行動力の乏しさとはいったい何なのだろうか・・・

と結局政権批判になってしまうのが最近の傾向だが、日本の未来はこれから10年に懸かって居ると思う。今始めなければ間に合わない。

日本は素晴らしい国なのに、その閉鎖性(島国根性とも言うが)と内向きな姿勢(言語の壁も大きく作用していると思う)で多くの可能性を閉じていると思う。

今変えなければ、閉じたままこの国は沈むのではないか。
そんな危機感を持つ今日この頃。そしてまた、そういう危機感を共有出来る人間が日本にどれくらいいるのだろうか。

尻切れ蜻蛉な感じですが、今日はこの辺で。
posted by Harvey at 03:47| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

国家存亡の危機

まぁ今日明日と言う話ではないですが。
正直言って今の日本は国家存亡の危機に有ると思います。これは自信を持って言える。これからの5年から10年が日本の今後100年を決めていくと思います。

明白な理由は人口の減少、これに尽きる。日本は世界で2番目の経済規模を誇る国ですが、その経済を支える多くの企業は2分される。1つはトヨタやホンダ、SONY(現在低迷しているけど)等を例に挙げると分かり易いけど、輸出と言うか日本での売上だけに頼らないGlobalな企業群。もう一方はイオンやセブン&アイなどの小売業に代表されるような、多くの売上や利益を日本国内の市場で上げている企業群である。(正確にはイオンもセブンアイも海外での事業展開を積極的に実施しているので例として挙げるのには相応しくないのかも知れないが)

まぁ細かいことはともかく、日本の人口の縮小は日本の市場縮小にダイレクトに繫がり、それが意味することは日本経済の縮小均衡と言う結果ではないのだろうか。ユニクロの海外での苦戦や電器系企業の海外での苦戦(サムスンの欧米海外市場での躍進と比較すると絶望的に明白な劣勢)を考えれば日系企業が海外で成功するには日本市場の大きさと閉鎖性が重い足枷になっていることが良く分かる。日本の国内での成功≠海外市場での成功への方法論確立なのだ。

と、糸山英太郎氏のHPを読んだ2時間後の今なのでやや断定口調で書いてしまっているのはご愛嬌ですが、やっぱり日本は現在危機的状況にあると思う。その状況を最も如実に示す、既に崩壊しつつある旧き良き日本的システムは下記に列挙するものと考える。

1、教育制度とそこに係わる人々の思考回路
(国家としての戦略も展望も無い教育方針を練る愚かな政府と島国の小競り合いで満足する愚かな聖職者の上層集団)

2、政治システムと権力者の思考回路
(利益誘導型の政治体制の終焉に気付かぬ無知蒙昧な政治家と知名度だけで候補者を選ぶ愚かな有権者、古い文脈で国益を語る視野の狭く志の低い政治家達、国家よりも家の理論や私怨と私心で政治を志す2世・3世世代の存在)

3、既得権益に縛られ現状以下を恐れて闘えない官僚組織とその常識
(優秀な頭脳を腐らせながらハードワークに耐える公僕達と愚かな政治家の無益な鬩ぎ合い、闘いを避ける術に長けた者は上りつめそうでない者は外に出て行く霞が関のマインドセット)

4、未だにマスを信じ続けているマスメディアと未だに己とメディアが世の中のメジャーだと疑いなく信じて踊り続ける愚かな大衆、その双方の文脈
(そもそもそんな大衆が存在すること自体僕は疑っている)

5、コップの中でささやかな自己満足に浸り保身で生きる医療界とその虚栄心の満たし方、競争方法
(既にピラミッドの崩壊は近そうだが最後の一押しにはまだ時間がかかるのか)

多くを書くには時間も心の余裕も無いので書かないけど、上記の5つの問題は火急で解決に向けて動く必要のある国家的問題点であるはずだ。何れも国家により法的に護られてきた業種であるのだが。現在のところ本質的な議論は為されず、解決に向けた問題提起すら公にはされて居ない。ただのその場凌ぎの本質的ではない対応策が謳われているだけだ。

そういうその場凌ぎを許している、そういう国民こそが最大の癌であるのかも知れない。

僕はビジネス界だけが日本と言う国を変えられる、と、今は信じている。だが、その経済界でも信じられない様な企業が多い。

じゃぁ誰がやんの?
意志を持った人々がそれぞれの場所で闘うしかないはず。
それを信じて行きたいが残された時間はそれ程長くない。
そういう危機感を日本人には持って欲しいと、日本人として切に願う次第。
僕は僕の場所で頑張ります。
僕の友人達にも是非それぞれの場所で頑張って欲しい。
そしてそれ以外の全ての心ある人々に。

そして全てが少しでもこの世界全体を良くして行けることを。
国益なんて小さな話だけじゃなく、人類としてのBenefitも頭の片隅において、指導者は進むべき時代がもう来ているはずだから。


相変わらず纏まりが無いですがご容赦願いたく。
posted by Harvey at 10:56| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月04日

本質を素通りし続ける日本と言う国

久間章生防衛相辞任の報を耳にして最初に思ったのは、どうしてこんなに大騒ぎになるのだろうか、と言うことだった。

まぁ確かに安倍政権誕生から短期間で閣僚の辞任が二人目、自殺者が更に1人というのは異常だとは思う。

ただ、久間氏の発言そのものはいい発言とは全く思えないが首を吹き飛ばす程の発言なのか、素朴な疑問を抱く。

WEBベースでしか日本のニュースは入手出来ないので、限定的な情報だが、マスコミの反応は総じて批判的である。

「長崎に落とされ、悲惨な目に遭ったが、

あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、

しょうがないなと思っている。

それに対して米国を恨むつもりはない」


この発言は確かに一国の国防を預かる人物として不用意かも知れないが、長崎出身の人間が事実に対してケリを付ける為の思考方法としては「有り」な論理だと思う。実際に学者によっては戦争を終わらせる為の選択だったと言う意見を持つ人も居ると何かで読んだ記憶が有る。それにアメリカの武力の傘の中で北朝鮮の脅威を大いに緩和してもらっている立場の防衛のトップのアメリカへの気持ちとしてはむしろしょうがない気がする。

一国の防衛相が講演で出すコメントとしてはまぁ脇が甘いと言うか刺されてもやむを得ない様なポロリ本音発言では有る気がするが。

しかし、実際に外国人(特にアメリカ人)と接しながら、外交やらなんやらを日々積み重ねていくには、永遠に貴様らの原爆投下は絶対に許さない!!と言い続けるのも難しい話ではある。人はそこでそれぞれの道を選択し、ある一つの大きな事件を転機に、人は分かれ道をそれぞれ選んで進んでいくのだから。

だから、こういう公人の立場に有る人が、原爆投下を容認したとも取れえる発言をしたことを許さない人が居て当然。そして、それも頭の整理の方法としてはしょうがないよなぁ、と思う人が居ても当然なのではないだろうか。

問題は、そういう議論を尽くさず、本当に大多数がそう思って居るのか不明な中で、マスコミ(そもそも日本にマス=大衆は未だに存在しているのか?大衆という名のマイノリティではないのか?)が寄って集ってこの発言を吊るし上げ、本質的なポイントを完全に無視して、ただの失言スキャンダルに仕上げていく、こういう体質に問題がある。

そしてまた、政府与党は政権に縋り付きたい(まぁ、野党に政権を渡したら国が倒れるからと信じているやや横柄だが責任感の有る考え方の方もいるでしょうが)が為に、選挙対策と言う錦の御旗の前で誰一人目が見えて居ない。と言うか、勿論全員がそうだ何て言わないが、元々平時の政治家なんて目が見えてないと言うか非常に俗物な方々が多い訳で、目を開くことすら怠っている方が多い。

で、そのマスメディアの太鼓に合わせて右往左往してますます惨めな姿を晒していく訳ですね。

本当の問題は、議論がされないことだ。
本質は、我々の国家、日本と言う国が未だに原爆と言うモノに対して一致した意見(公の意見)を持たないことだ。いや、持ってるのかも知れないが、僕は不勉強で知らないだけかも知れない。その場合は謝らないといけないが、でも、僕の記憶では公式に原爆投下についての日本政府の見解と言うのを覚えて居ないのだが。非核三原則と言うのはあるが、これは法律ではなく、ただのスローガンである。細かい法律で核の保有を制限している筈だが、原爆の投下について、しょうがなかったと言う意見を切り倒すような法律は無いだろう。

倫理的にどうか、と言う問題はあるが、被爆者の心情を考えろと言われても被爆者の方々の心情も決して一律ではないのではないか、と思う。
私は当日体調不良の為に直接お会いしていないが、最近私の同級生達がお話を伺った被爆者の方はアメリカに対しての恨み辛みを決しておっしゃらなかったそうだ。核兵器には反対と言うのは明確な立場だが、その行為を責める発言は無く、寧ろそのことに対しアメリカ人のクラスメイトが感銘を受けたと言っていたくらいである。また、知人がお会いした別の被爆者の方も爆発で飛来した金属片か何かで片目を失明していてもそのことでアメリカを責めることは無かったと言う。
勿論個人差はあるし、被爆者の方々の苦しみは想像を遥かに凌駕する恐ろしい経験であるし、僕は到底それを否定など出来ない。核兵器というものを世界から根絶することには賛成である。

だが、現実世界は夢物語ではない。
世界には良識的な日本人の想像を遥かに超える極悪人も変質者も宗教家も狂人も居ると思う。もし圧倒的な暴力が敵側に有れば、そして当方に何の武力も無ければ、どうなるか。常識や倫理、道徳の異なる相手、言語や論理の通じない相手には為す術が無い。

話がすっかり逸れたが、恐らく本質は、我々日本人が叩き台となる、共通認識となる、公式の立場を持って居ないことだ。それは戦争責任の問題についても同様だ。そういう議論無く、問題発言を世論(しかもその世論とは日本国民の何割の意見なの?)の雰囲気でもって袋叩きにして、全ての話を選挙対策に収束させるこの日本と言う国の小ささはなんなんだ。

と腹が立つ。そして情けない。

国に意見が無い。だから、ただ、漫然と多くの議論が中にぶら下がったままである。そして皆が見ないフリをして、ふたをしてやり過ごす。こういう日本の社会の体質が続く限り、日本は永遠に世界から取り残され続ける。それでも良ければそれでいい。僕は嫌だ。もし日本が変われずに沈むのならば、変えるか、脱出するか、どちらかしかない。

追加で言えば、相変わらず日本政府には外交的視点が欠如している。外務省と言う組織が外交には語学があればOK的な発想を持っている雰囲気があり、それだけでも相当失望する訳だが、島国日本には本当に外交戦略も外交の為の戦略的な思考方法も、国家の外交指針も何も無いのではないだろうか????国家として、せめて閣僚は外交上、足並みを揃えろよ。と言いたい。国家に外交戦略が無いから閣僚に指示も出せず徹底も出来ない。それで何か言えば袋叩き、こんな仕事非常にやりたくないね。

日経NETの社説に至っては、危機管理のポイントが正直相当本質からずれているとしか思えない。記事の言う危機管理とは、与党が政権を維持する為の危機管理のことであろう。しかしその程度の危機管理など正直本質的な危機管理には程遠い話ではないのだろうか。

そんな訳で話が飛び散ったが、今回の辞任騒動は本質とかけ離れた方向に議論が進み、辞任と言う何も産まない方法で終了。全てが参院選に向けた影響が気になりますね的論調に収束。

なんて絶望的な国なんだ。


(参考) 日経NETの社説
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20070703AS1K0300203072007.html
社説1 政権の危機管理を疑わせる久間辞任劇(7/4)
posted by Harvey at 15:48| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月28日

ZARD = 坂井泉水 = 僕の青春時代の終わりの頃

坂井泉水さん(=ZARD)がちょっと前に亡くなりました。

僕はもう1枚目のアルバムのCD(Good-Bye My Loneliness)が出た頃にジャケ買いして、もうかれこれ何年なのか分からないけど、1991年の発売の様なのでもう16年前???か・・・

僕は当時高校生、色々なアイドルが世の中に居る中で、僕にとっては坂井泉水がもっとも美しい女性に思えたし、更に彼女の声も好きだったり、ちょっとヤボったい感じの服装も好きだったりと、まぁ、すっかり好きだった訳です。って言うか、僕のタイプの女性がそのまま出現した様な感じです。高校時代の僕に。

彼女とカラオケに行ってもZARDばっかり歌って貰ったりしてた気がする。
特に高校時代の終わり〜大学時代前半は僕にとってZARD全盛期だった。

正直「負けないで」は余りにもストレートな応援歌だったから恥ずかしくって聴いてられなかったし、歌ってられなかった(笑)

僕が好きだったのはもっと切なかったり儚かったり懐かしかったり甘酸っぱかったりする、心の中の奥の方の、自分自身でももう忘れてしまった小さな箱の中に入ってるおぼろげな記憶を刺激したり想像を掻き立てたりするような、そういう曲の方だ。

同じ経験はしていなくても、心の揺れ方とか、僕にとっては結構リアルに感じたり、してた。

何より彼女の声が好きだったし、結構ブルーな夜に彼女の歌声で何となく癒されたりしてた記憶がある。

この世界から消えてしまいたいくらい情けない思いをして、友達にも無理矢理聴かせて二人で夜の246辺りを運転しながら、可愛い声だなぁ・・・とかって現実逃避してた記憶が有る様な無い様な。

いつか坂井泉水さんの様な女性と出会いたい、と思い込んでいた様な居ない様な。いや、願っていた気はする。それくらい好きだったなぁ・・・

僕にとっては間違いなく青春の一時代のある部分を占めていた存在でした。彼女の存在が、僕の中に確実に生きていた時代がありました。
その時代が終わり、時が経ち、アメリカに渡り、ZARDを聞かなくなった。

そして突然彼女の死を知った。
他の多くの人と同様に僕も彼女が癌で闘病していたことも知らなかった。
余りにも突然、彼女はこの地上から消えてしまった。

切ないとか悲しいとか、可愛そうとか残念だとか、そういう言葉は出てこなかった。衝撃が大き過ぎると人間は鈍くなるんだと思う。特に僕は衝撃が大きければ大きいほど冷静に対処しようとする傾向がある。

ただ、僕の好きだったあの時代が、あの暗黒の学生時代が、本当に遠くの彼方にいってしまったんだな、と思った。
坂井泉水と言う人が、僕のあの、心が爛れる様な学生時代の象徴だったんだというコトを今更知った。

しかも日本の古くからの友人達からは軒並み、「オマエの好きだったZARDが死んじまったな・・・」と言われまくり(勿論メールも含め)ソレくらい僕がZARD命だったことを思い出させられた。

さよならZARD
さよなら僕の青春

坂井泉水さんのご冥福を心よりお祈りします。
本当に有り難う御座いました。

僕が好きな曲は
「遠い日のノスタルジア」
「好きなように踊りたいの」
「あの微笑を忘れないで」
「Don't you see!」
「もう少し あと少し…」
「サヨナラは今もこの胸に居ます」
「この愛に泳ぎ疲れても」
「こんなにそばに居るのに」

ダメだ。選べん・・・
ほとんど全ての曲が好きだったデス。全ての曲に何かの記憶の切れ端がクッツイテルのデス。

こんな風に1人のアーティストを好きになることはもう二度とないでしょう。僕の年齢がそれを赦さないに違いないから。

posted by Harvey at 09:21| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

耳の大きなネコ

つい数日前、薄れ行く意識の中、と言うか完全に眠りに落ちつつあったその時、自宅で仕事中のうちの姫が嫌味を込めてオヤスミ!の挨拶。

ソレに対した僕の寝言が・・・凄い。

「ん、、、耳の大きなネコが・・・zzzzzzzzzzzzzz」

だそうです。僕は知りませんが、姫の翌朝の通報により、自分に神が降りてきていたことを知りました(笑)


しかしね、ソレぐらい衝撃的、いや笑激的(笑)
夢に出るくらいオカシイし、鮮烈。

話題の北京石景山遊楽園(日本でもまだ話題?)

凄すぎる、中国、これ国営遊園地ですから。しかもディズニーだけならまだしも、ドラえもんもキティーちゃんも、最早夢の遊園地(劣化版)ですね。或る意味この貪欲さは凄い。でも、スパイダーマンとかは居ないんだね。何となく不思議。

しかしまぁ、何て言うか、中国にも沢山賢い人や、日本人並みに羞恥心のある人も居ると思うんだけど、まぁ、そういう文化じゃないんだろうね。日本人だって、安ければイイって言って偽ブランド品買ったりする人が居る訳で、値段ドライブが掛かってる点は大差ない。
日本人には明白な贋物は絶対に恥ずかしい、と言う社会の中で仲間はずれにされたくない感覚があるから、明白な贋物に対しては皆で叩きまくって排除しようと言う意識が働く。

そんな感じだろうか。
中国の凄いところは開き直りまくっているところ。
耳の大きなネコ(笑)に全てが凝縮されているのだ。

しかし何で耳の大きなネコなんだろうか。鼻の長いキツネ、とか、もっと他にあるだろうが。その辺の分かってるけど聞くなよお前、あたりめーだろ、って感じの非常に繊細さの無い乱暴な雰囲気が、さすが中国、と思うわけである。1.jpg


↓こちらではドラちゃんもキティちゃんも活躍中。しかしドイツもコイツも直ぐ面を晒す・・・
http://www.youtube.com/watch?v=iXjj5wICaVo
http://www.youtube.com/watch?v=uIbW9cFN6oc
posted by Harvey at 13:35| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月07日

死は全ての人に平等に訪れる。 死は多くの人に不平等に訪れる。

生きていくのに希望が必要などと書いておきながら、希望を持ち続けても、生きていくことが叶わないことも有る、と言う悲しい現実が有ります。

2006年4月25日に書いた「闘病中のアスリート」で書かさせて頂いた、女子陸上砲丸投げの日本記録保持者でアテネ五輪代表でもあった森さんのことについて、正直引っかかっていたのだが、自分のことで日々追われる中、ろくに日本のニュースもチェックできなかった時期なども有り、フォロー出来ていませんでした。

http://harvey-kendochorai.seesaa.net/article/17015913.html

僕自身、数週間前に知ったのですが、森さんは昨年の夏に亡くなられていたとのこと。最期まで、希望を捨てずに頑張られた様でした。遅ればせながらご冥福をお祈りします。

http://www.kokushikan.ac.jp/topics/060809mori.html


死は全ての人に平等に訪れるものです。
でも、その順番は不平等に訪れる。

誰にもどうしようもないことだけど、やっぱり26歳の死は早過ぎる。

マイナーで目立たない種目ですが、日本記録を更新し続けて種目のレベルを格段に引き上げた、偉大なアスリートが競技人生のピークを迎えることなく旅立ったことは、本当に悲しいことです。闘病中も復帰を目標にしていたご本人の気持ちは僕には測り知ることなど出来ません。




僕は幸いにも物心付いてからは親類縁者に関しては僅かに祖父1人の死を経験したのみで今まで生きてきました。ただ、数名の友人や知り合いは旅立った。しかも20代で。

その中でも確か彼女も26歳で、闘病生活の末に、旅に出た。
勝手な想像だけど、やっぱり思い出すと、責任を感じる。
彼女は久々に会った時、ニット帽を被り、皆と一緒にボーリング大会と称して集まった会に来て、ずっと座って2つに分かれたチームを応援していた。僕は彼女に体調が悪いのか、と聞いた気がする。その時彼女は曖昧にしか答えてくれなかった。

次に皆で会う約束をしていた時彼女は現われず、その日に送ったメールから数度の遣り取りを経て、彼女が病に倒れたことを知った。彼女自身の言葉で。僕の送ったメールにはもう返事は来ず、僕の返信を彼女が読んだのか、僕には分からない。
僕は彼女の最期の時の少し前に、苦しみを和らげて上げられたのかと自問する。

そういう人を想うと、一生懸命生きないといけないとつくづく想う。苦しみは生きているから味わえるとつくづく想う。
彼女は最期まで、僕の渡米を心配してくれていたから。精神的に脆い部分が有ることを、似たもの同士、気付いて居てくれたから。
それ程長い時間を過ごした友達じゃなかったのだけれど、何故か彼女とは波長が合った。そんな彼女の死を時々思い出す度、僕は逡巡から解き放たれることが出来る。

非業の死には、生きてる人を動かす力がある。人が動く限り、その死は生きているはずだ。彼女の死は僕の中で生きている。変な言い方だが、彼女は死んでいるが、その死が僕の中で生きている限り、本当に死んだことにはならないんじゃないか、などと思ったりする。
時々、そう思ったりする。

そして、毎日、
ちゃんと笑って、
ちゃんと怒って、
ちゃんと哀しんで、
ちゃんと楽しんで、
ちゃんと人とコミュニケートして、
ちゃんと大切な人を大切にして、
ちゃんと歩いていかないと。
posted by Harvey at 12:24| ニューヨーク ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

村上ファンド

ペン走らん〜とか言っておきながら(笑)

村上氏逮捕にはちょっとビックリ。
だって彼、元お役人でしょう。
法律を作る側に元々居た人間何だから、幾らなんでも法律に引っかかる様なことだけはしない様に、と気をつけているだろう、そこだけは抜け目無く金掛けて弁護士とか法律の専門家を抱え込んで理論武装と形式用件を完璧にしてるだろう、と思ってたんですが、結構お粗末だった訳か・・・。

ただ、何だか検察に嵌められた様にも取れるよね。

そもそも、インサイダー取引については、あまり日本では立件されていない気がするし、法律はあるけどかなり運用は甘い気がしている。証券会社の社員や銀行員でM&Aの情報をかなり早い段階で入手できていた様な人物が逮捕されたケースは幾つか有ったけど、投資ファンドではどうなんだろうか。

犯罪なのかどうか、見分けるのが難しい部分であり、これはライブドアの事件で逮捕された奴らがペラペラ喋って巻き添えにしたって感じなんだろう。
彼らからしたら、まぁ、悪いのは俺らだけじゃないんだからさー!って感じだよな。

しかしまぁ、何と言うか、出る杭は打たれる。日本の検察は極めて日本っぽい訳でしょうか。
どうなんだろうか。

一つだけ言えるのは、ビジネスは成果だけを追い求めると最後は必ずグレーゾーンに突入してしまうという事である。村上氏はファンドの運用利回りを上げ続ける為に、最初っからまぁ、大義名分を唱えてはいながら、一種の総会屋みたいなことをしてきた訳だが、最後の方にはもう、かなりグレーなことをしないと儲からなくなってきたんだと思う。

特に日本では、誰かが成功すると全員がその真似をする。気持ち悪い国だ。緑茶が流行ったらコンビニ中が緑茶だらけ。アホかね。僕のポストウォーターは???ってそんなもんは大昔に無くなったのだ。とにかく、直ぐに真似をするので、直ぐに儲からなくなる。まぁ、逆に村上ファンドの場合は彼らが買うと個人投資家が集るので逆に売り抜けられるということも多かったはずだけど。

それはともかく、世界中が狂ってるのは、と言うか、資本主義経済の考え方が狂ってるのは、世界が成長し続けるという幻想を抱いていることだ。全体のパイが成長し続けるかどうか、それは分からないのではないか。
企業も成長し続けなければならないのはしょうがないと我慢するが、その場合は競合相手を食い潰して大きくなる時期もきっと有るはずだ。

成長幻想は間違っている。
地球が大きく膨れていくことは無い。
大地が増えたり、石油が突如増加したり、そういうのは無い。

成長を目指すのは構わないが、妄信するのは余りにも愚かではないか。

しかし、実はウォール街のアングロサクソン達は妄信していない。
彼らが何をしているか。彼らはそれを煽り、それを喧伝し、信じる愚か者を集り倒して生き血を啜り、寄生して大金を毟り取る。無意識にそれをやっている。
だが、誰も行き着く先を知りはしないのだ。
posted by Harvey at 08:42| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

某村上ファンド

はっきり言ってこのニュースにはがっかりした。

村上FことM&Aコンサルティングが経営の拠点(運用の拠点)をシンガポール法人に移転したと言うニュースである。

一つはっきりしたことは、今までの村上Fの納税額は良く知らないが、彼らは海外で納税することになるであろうと言うことである。

村上氏は株主の権利を守ると豪語し、改革者か破壊者か、などと言われるが、それはまぁこの際どうでもいい。

シンガポール移転はやはり明確に節税対策であり、それが意味するところはどんなにきれいごとを言っていても彼は国士ではないということだ。
化けの皮が剥がれた日と言っていい。

彼らのプライオリティははっきりしたと思う。
確実に金儲けである。
それはまぁ、ファンドと言う組織の本来の性質そのものであり、その点で批判されるべき事ではないと言える。
だが、彼が日本の為になどともし言うことがあれば、それは欺瞞であり、信用すべきではないだろう。まぁ言わないと思うが。

むしろ彼らに運用を依頼する人々こそが、その倫理を問われていると言える。まぁ金持ちは金を増やしたい。その為には手段を選ばない。でも金持ち喧嘩せず。
全く嫌な世の中だね。
posted by Harvey at 06:14| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

United93

今、僕が一番みたい映画である。

9.11のあの日、唯一ターゲットに到達できなった機体。United93・・・

Flight93と言う映画もあり、これは既に公開済みの様で、僕はケーブルテレビで偶然途中から見始めて、最後まで見た。
恐らくUnited93も粗筋は似たようなものであろう。コストを掛けて更に遺族の全面協力を得て時間を掛けて製作した分、深みやドラマのリアルさはUPしていることを期待したい。

United93便は他のハイジャックされた機体よりも出発が40分以上遅れた。
これがドラマの始まりだったのだろう。
彼らは世界で何が起きているのかを知り、ただ座して死を待つことを選ばなかった。彼らの気持ちの中に、ホワイトハウスや議会を護ろうと言う意識はゼロではなかったと思うが、恐らくそれは結果論。
彼らは生きる為に祈り、生きる為に立ち、生きる為に戦ったのだろう。

アラーの神に祈るテロリスト

イエスに祈りをささげ立ち上がった乗客

極限状態における彼らの拠り所はやはり信仰であった。
何とも言えない皮肉を感じてしまう事実。
信仰は人を幸せにするのか。信仰は何の為に?

United93、今、僕の中でどうしても見ておきたい映画です。
既に全米公開中。


※アメリカはここに来て、ようやく9.11に少しづつ向き合える様になってきたように思います。映画やドラマ、当日の航空管制の混乱を描いたドキュメントなどの番組や映画、加えて様々な実際の録音テープ(911に掛かってきた電話に対して対応した警察官などの肉声録音)の開示などをテレビで目にする機会が本当に増えてきました。
時の流れを感じます。

とは言えNEW YORKERの中には数多く肉親や友人を失くした人たちも居て、全米のテンションとは少々異なると思いますが。
posted by Harvey at 04:52| ニューヨーク ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

阪急ブレーブスに捧ぐ

あぁ、いやぁ、何で僕が阪神+阪急合併に疑問を持つか、と言うことについて、ですねぇ。何だかこう理で割り切れない部分が有ったんですよ。

そりゃぁ阪急沿線と阪神沿線がね、雰囲気が全く違うし、客層も違うとかね、阪神のデパートは地下街だけ、とかね、色々とその相乗効果を疑う理由は有るんですけどね。

阪急は捨てた訳でしょ。プロ野球。

僕の唯一の半永久ファン球団だった阪急ブレーブスを。
よりによってオリックス何かに売った訳ですよ。
で、ね、オリックスはブレーブスを削除した訳ですよ。ブルーウェーブにしたんです。

その瞬間から ブレーブスのファンは行き場を失ったんですわ。
僕はその日からどんどんプロ野球から離れていったんですわ。
元々サッカー少年だけど、野球も好きだったですけどね。

阪急が阪神を持つ。
阪神は球団を維持する。
まぁそりゃぁね、ホールディングカンパニーとか作ってやる気なんだろうから、阪急タイガースにはなりませんけどね。
一度捨てた世界にね、どういうつもりなのかと。

オレ様に挨拶は無いのかと。
まぁ無いだろうけど。
むしろされたら怖いけど。

でもねぇ、それだったみたい。僕に引っかかってたのは。

あの頃の阪急ブレーブスは輝いてたよ。
あんなに渋いチームは無かった。本当に。

上田監督

山田久志
今井
佐藤義
山沖
星野
古溝
福本
福良
松永
ブーマー
加藤英司
石嶺
蓑田
藤井
小川
藤田
本西
山森
posted by Harvey at 06:28| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

「金で面を撲る」ことを恥じないMoneyの奴隷

村上ファンドが阪神鉄道に対して株主として提案をしたそうですね。

まぁ、阪神の場合、まず、47%以上もの株式をあっという間に買い占められてその間に何ら有効な手立てを打てなかったこと、それ以前に何らそういったリスクに対する準備をしていなかったこと、などがまず責められます。
誰がって阪神の経営陣があまりに無防備だったってことです。

そして阪急との合併の話ですが、これは正直ただ単に阪急に助けてくれーと泣きついただけでしょう。阪急も断るに断れないけど、村上ファンドが要求するような現在の株式市場での値段以上での買収には応じられない。それは勿論、本当に阪急の戦略上、必要な資源か分からないからでしょう。阪神が・・・。

まぁそうやって考えると、この合併には無理があるし、ただ村上ファンドから逃げたいだけと言う阪神経営陣の無策と無能を晒しているだけにも思えます。いや、本当は色々と考えているのでしょうし、必死に頑張っているのは分かります。
でも、もう既に遅い。村上氏の提案に怒ってみても後の祭りです。

しかしまぁ、ファンドと言うのは何て言うかね。
金が全てと言うか、まぁ扱ってる商品が金の会社なんでしょうがないんですが、その金で他者の面を張るような動きをするのは生理的に受け付けないです。僕は。
しかしまぁファンドの運営者の立場からすれば彼らの言い分は恐らく正しい。ファンドとは株式を保有し、その価値を高め、売却益でファンドへの出資者へ報いる組織です。
だからまぁ、彼らもまた出資者の奴隷な訳ですな。
村上ファンドに出資してると言うか、資金の運営を頼んでいる人たちが本当はこの騒動の黒幕と言えます。お金の力を与えてるんだから。
当然村上氏の自己資金もあるんだろうけど。

ま、そんな感じで、色々と言っていても所詮Moneyという化け物の奴隷に過ぎない訳ですな。ドイツもコイツも。

ヘッジファンドや投資銀行、とかく格好良いと言うイメージが先行するこうした業種ですが、彼らは或る意味経済の血液であるMoneyを上手に使う専門家であり、或る意味Moneyの奴隷である。

最近完全に僕は偏ってきてるけど、やっぱり商品(車とかだけでなく食物も)を作り出したり、治安を維持したり、人々や物流の移動を支える職業についている人達の価値が軽んじられ過ぎている気がします。

金融に携わる人間は確かに専門職では有るが、彼らは他者の生みだすMoney無くして仕事が出来ない。或る意味寄生虫なのです。
と、もともと金融出身の自分が言うのもなんですが、そう思う。
寄生虫であり、同時に社会の血液であるMoneyを循環させる血管の役目を担っている。それはとても大切な役目であるけれど、何も金融に携わるものが巨万の富を得たり、一般よりも突出して収入が高いと言うのは何かが狂っているだろう。

簡単なこと。
持てるものは更に富む。
持たざるものは容易には富まない。

持てるものは高等教育の結果としての叡智を結集して、同時に権力と政治力をフルに活用し、既得権益を護る構造を構築していく。それは世界的、歴史的な現象でしょう。

こういう構造を破壊することはほぼ不可能に近い。
人類の歴史は形を変えて繰り返されている。


しかしまぁ、株式会社が誰のモノか?
株主だけのものでは絶対に無いね。悪いけど。じゃぁ自分で経営して自分で働けよ、株主がさ。やってみろと。全部。
人間は心で動いている生き物で、勿論金や女にも弱い訳だけど、やっぱりそういう部分を失ったら別に人間なんて生きてなくていいじゃないスカ、って感じだけどね。

と、纏まり無く終わってみる。
posted by Harvey at 02:29| ニューヨーク ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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