2012年01月29日

ただただ時が流れる。

歳を取った、ということなのだろうか。
最近ただひたすらに時間が流れていく。子供たちがどんどん成長していく。僕自身も肉体の衰えを感じざるを得ない。そんな日々。

この現実を受け入れながら、社会的には上っている感覚。即ち自分自身が具現化出来る物事が広がっている、増えている、そういう感覚。

その相反が本当に切ない。

人の人生のピークとはどこなのか。

切なく儚く心もとない。それが人生か。
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2011年03月27日

久々に

久々に書いてみる。
しかし、まぁ、この長い間に世の中が一変してしまった。

日本はこれからどこに向かうだろうか。

震災そのものは、大きな悲劇を生んだが、日本人に大事なものを沢山思い出させてくれた。
復興は国を一つに出来るキーワードとも言える。思いやり、と言う完全に薄まっていた道徳観も強まるはずだ。政治家は未だに愚かな駆け引きをしているが、老いた世代が退場せざるを得なくなり、今まだ政治の舞台に上がっていない、この震災後に頭角を現わす若い世代が出てくるだろう。二世でも三世でもなく、族議員でもない、志の高い政治家が生まれて来てほしい。ここにしかチャンスはない。

一方でエネルギーの問題は暗い影として忍び寄る。
日本人の価値観を決定的に変える可能性のあるものである。

日本社会は確実にターニングポイントにいる。

しかしこれは世界中が必ず迎えるターニングポイントかも知れない。
即ち、日本は世界で最も成熟し、世界で最も進んだ国であることは変わらない。

ただ、惑星の最後が消滅であるように、人間が成熟したのち生命活動を終えるように、日本という国が消えるのが先進国で一番早い、と言うことにならない様にしたいと思う。

だが、可能性は高い。このままでは。
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2010年01月17日

振り返り思う

2002年当時の自分のブログを読み返してみた。全部じゃないけど。
振り返って思うこと。

こんなこと考えてたんだーーー(汗)
というのが一つ

この書き方キモイな・・・・(涙)
というのも一つ

だけど、わかったんだけど、ベースは変わってないみたいだね。やっぱり。

でも、子供ができると本当にいろいろな意味で時間がなくなって忙しいし、寝れないしで、なんていうか、自分の時間なんかない。仕事も今が一番のがんばりどころだと思うとまさに自分が悩んでる時間なんかないんだよねぇ。
それってすごいことだなぁーと思う今日この頃。
何の価値もない駄文を書いてみた今日この頃。

うわぁぁぁ・・・・・・・・・
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2009年01月13日

書くという行為

最近全くブログを更新していなかった。
いや、出来なかったとも言えるか。
何れにせよ、そんな時間も無かった。
とは言え、頑張れば書けたかも。
そう、どっちかと言うと書きたいことも沢山あった。
でも、無理してまで書きたいと思わなかった。
生活環境が変わり、日本に戻った。
学生生活が終わり、社会人に戻った。
子供が生まれ、家族が3人になった。
単身赴任になり、また、家族が揃った。
余りにも変化の多いこの半年、僕には不満や鬱屈した思いも勿論あって、書きたいと思うような矛盾を感じることも、怒りを感じることも、面白い話に接する事も多かった。んだけど、ね。

やっぱり忙しいし、ライフスタイルが変わったことが一番かも知れない。
ゆっくり考えてモノを書く時間は減った。その時間は仕事してるし。。。仕事で考えないといけない事も沢山あるから。。。

世の中なかなか難しいけど、別に書くことが全てじゃないし、書くことで自分が時々自分自身を振り返ったり、足元を確かめたり、自分の気持ちをを確認したり、そういう部分でやっぱり書く行為が重要になってくる気がする。特に僕自身にとって。

そういう意味で、細々とここで書き続けることでしょう。

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2008年04月01日

ER体験記@NYC@

ER と言えば、 緊急救命室?だっけ。とにかく、アメリカのドラマが有名ですよね。僕はあんまり興味が無い類のドラマなんでちゃんと見たことは有りませんが。。。

何れにせよ、行って来ましたER。折角行ったので、この貴重な経験を書いておこうと思った次第。ERに行ったけど、ブログを書けるくらいのダメージと言うのがポイントです。

でまぁ、何で行ったかといいますと、金曜日の夜に、例の如くサッカーの試合で人生の諸行無常を吹き飛ばそうと奮闘する僕。そんな僕にダメ押しをするかの様に、競り合いの中で相手DFがクリアしたボールが何故か垂直気味に射出され、真下から僕の左目にヒット。

何ていうか、クリアボールって真上に蹴らないでしょ。競ってたら。しかも結構思いっきり放たれたのが、下から入ったので、思いっきり目にHITしました。

直後左目は完全に視力を失ったのが自分でも分かった。何故ならば10年程前にも、それはフットサルだったんだけど何故かジャンケンで負けて大会の決勝戦なのに後半だけGKをやるハメになった日のこと。ボールに飛び込んだ結果、思いっきりシュートを打たれて右目直撃。昔からリスクを恐れないタイプ(笑)なんで、結構怪我が絶えません。走り高跳びでもマットの無いトコに170センチを跳んだまま落ちたこともありますわ。そういえば。

そんな訳で、経験済みだったので、あぁ、これヤバイわ。取り敢えずトイレで見てみよう、と歩いて交代を申し出て、トイレ行き。取り敢えず自己診断は結構深刻。でも、一応光は見えるから、失明は無いか、と言う判断。取り敢えず試合中にも係わらずそそくさと帰宅した訳です。

で、家で冷やしながらネットで検索。もう金曜の夜中だから、医者の友人も寝てるし取り敢えずリサーチくらいしか出来ないと言うことで調査。その結果、結構ヤバイかも、と焦り始める。症状が網膜剥離の初期症状に酷似してたりする。。。

そんな訳ですが、取り敢えず夜中なんで、まぁ、平気だろ、結構悪運強いし、と開き直ってベッドに入ったのでした。。。

と言うことでERに辿り着かないままに@は終わります。続きは近いうち。
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2008年03月11日

免疫低下中

今年のNYの天候は何だか酷い。

寒くなったり暖かくなったり。
変に温い日が多いので、雪じゃなくって雨が多い。
まぁそもそももう3月だから雪は降らなくってもおかしくないのだが、今日の気温は零度前後だから、やっぱり寒い。しかもこの2日ほど風が異常に強い。

雨が降る日は変に暖かく、晴れた日はクソ寒い。

お陰様で風邪を引きかけました・・・。何とか今持ち直してるので治るといいけど。。。この冬はもう4回目くらいの風邪。僕ってこんなに弱かったっけ・・・と思うほどですが、気温の上下動に非常に弱いのは昔からなのでしょうがないか・・・。

しかしとにかく、今年のNYの気候はちょっと変な気がする。
いや、去年は暖かかったからそれも変なのか。。。。
そもそも気温が高いとか低いとか、数百年単位で見たらどうって事のない変化かも知れなくって、人間の小ささを感じます。が、自分にとっては数年のサイクルが全てだ!!それが人間の定規だ!!と主張してみます。

とにかく、そろそろ足の骨の欠片もなりを潜めたようなので、サッカー再開と行きたい!!切望!!
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2008年02月20日

女の子は凄い

今日、久しぶりにある友人の女性に会った。

と言うか、5人でランチする予定だったんで、そこで会ったんだけど。

彼女は交通事情により30分以上遅れて到着。

で、店に入って来た時に感じたのは、あれ、違う人?みたいな感覚。
妙に女の子っぽさが増した様に感じたが、いきなりそんなことも言えないので放置(笑)

表情とか仕草が2ヶ月前と違う不思議な感覚だった訳ですが、その後のトークで彼氏が出来たことが判明。

女性の変化は凄い。早い。激しい。

何も変わって無い筈なのに、雰囲気が激変する訳ですが、男もそんなことあるかなー。男の場合は露骨に服装が変化したりとか、救いようの無い変化になりがちな気がする。そこは女性は雰囲気とか動きやちょっとした仕草とかが変わる。


そんな訳で、女は怖ろしい!(笑)と再認識したのであった・・・

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2008年02月18日

日本サッカーの未来・・・再考

北朝鮮戦の結果をスポーツナビで読んで・・・

まぁいっつも情報が文字でしか入らないので書いてあることの客観的事実を出来るだけ控え目に掴む努力をしています。あと、なるべく多くの記事、信頼出来るレベルのジャーナリストの記事を辛口の人、甘口の人、ニュートラルな人、となるべく多く読んで判断してますが、こっちも忙しいのでなかなか毎回は出来まへん。

そんな訳で、そうすると、まぁ何だかよくわかんねーから、取り敢えず結果で判断。まさにプロサッカー!と言う感じでもありますが。ナショナルチームだけど選手はプロだし、監督もプロだし。

北朝鮮と1対1の引き分けと言う結果はなんと言うか、やっぱり物足りない。メンバーが現状のベストかと言うと明らかにそうではないだろうけど、期待を抱かせるようなメンバーであったとは思う。でも、今の日本のポテンシャルとか昨日書いた層の厚さが事実なら、主力が全員出ていなくても勝ってよ!と無責任に思ってしまうのは、代表に期待している気持ちが強いからなのか。

ただ、やっぱり先発FWに迫力が無かったのは間違いないんだろうね。それはしょうがない気がする。場数とか、組み合わせとか、本人だけじゃどうしようもない事が多過ぎる。

はっきりしてるのは、中澤と鈴木啓太、遠藤、は換えの効かない選手達ってことでしょうか。。。

ちょっとずれますが、と言うか、実はここからが本題なんですけどね、昨日未来は明るい的なことを書いたんですけど、北朝鮮戦の結果を踏まえてよーーーーーく考えてみると結構怖い要素が多いんですよ。

1. 将来的に北朝鮮の現政権が瓦解、韓国と北朝鮮が合併して朝鮮が単一国家になると、サッカーの朝鮮代表ってのが出来るんだけど、多分コレがかなり強くなるであろうこと。

2. 中国は今後もどんどん強くなるであろうこと。

3. タイ等の東南アジア諸国も徐々にレベルが上がる、中東は飛躍的にレベルが上がっている。

4. 直ぐ忘れそうになるけど、オーストラリアがいた。

5. 日本には少子化⇒人口減少という怖ろしい未来がある。


まぁどれもこれも5年、10年の話で何処まで行くかって話だし、日本代表が瞬間的に夢見たけど無理だって気付いたみたいにサッカーの道は1日にしてならないんでね、簡単には強くなれないんだけど。
でも、やっぱりアジア予選がとんでもなく厳しくなっていくのは間違いない。

北朝鮮、韓国の選手達の中にはJリーグでレベルアップしていく選手も多いから、Jが育ててる訳で、でもまぁこれは日本人選手も同じ条件だしどんどん育ってるからしょうがない。むしろJリーグのレベルが上がるのは嬉しい事だし、この流れは必然だろう。今後はオーストラリアの選手とか中東の選手にもJで活躍して欲しいかも。色々条件的に難しそうだが。

まぁ、なんか不安要素を書いたけど、別に未来が暗い訳じゃなくって、世界が(アジアが)甘くないって再認識した訳です。

ほんと、サッカーの世界って奥が深いよね。
国家が紛争中でも、独裁国家のチームでも、結構強いんだから。
いや、むしろそういう逆境でこそ、闘う意思が生まれてくるのかも知れない。

しかしサッカーは本当に国際情勢にダイレクトに繋がっている、と感じます。旧ユーゴチームが如何に解体されたか、旧ソビエトが今や何チームに分化したのか。ほんと、奥が深い。
posted by Harvey at 06:12| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

Rockに生きる

映画「School of Rock」を見てそう言えば前に自分を定義付けしようと思った時、僕はやっぱRockに生きたいんだよな、と言う結論に達したのを思い出した。

まぁ、僕、と言う一人称を使用している時点でRockな感じはしないのであるが、その辺の瑣末な部分には捕らわれずに行きたい。そういうRockもあるはずだ。

Rockに生きるってことは何なのか、まぁ権力に興味を示さないってことじゃないのか。権力に屈しないとかそういう次元を飛び越えて、権力って美味しいの???くらいの魂で居たい。

今、「メディアと権力」と言う読売グループの首領、ナベツネの本を読んでて思う。こいつはROCKじゃない。最も憎むべき敵だ。

反体制とか聞こえが良いけど、結局Rockって自由に生きるってことな気もする。でも、自由って凄く難しい。自由を取れば何か大事なものを捨てなければならない。何故ならば本当に何一つ持たない人ってほとんど居ないから。

僕は自由か、って言われれば自由じゃない。全く自由じゃない。僕には何一つ自由はない。自分で選んだ道ではあるが、それはそもそもそのレールの上を走る事を決めた自分が居るからだ。じゃぁ、僕は自由になりたいのか?自由になりたいからRockな生き方で行きたいのか?どうだろう。僕はもう自由を捨てている。自由を捨てても自由への渇望は捨ててない。自分が嵌まってしまった世界、自分の選んだ世界。そこから自由を手に入れるには壊すしかない。この枠組みを壊すしかない。

じゃぁRockって何?

僕的には、やっぱ叫びなのかも。ただの。オレはここで生きてるんだという叫びなのかも。負けたくない、屈したくない、オレは今もこうして生きてるんだと言う、叫びなのかも。

クソ喰らえナ人生への叫びなのか。

ま、カラオケのでの僕は叫んでるんであってるのかも。

と、全く纏まらないんですけど、要は熱く生きたいねってことかも。
誰の言いなりにもならねーよ、ってことなのかも。
要は自分自身なのかもね。

と、かなり論理的に破綻してますが、それこそがRockか。



それはともかく、映画の方はとても面白い。とても楽しい。
SWING GIRLSとかWATER BOYSといった邦画やHONEY(ジェシカ・アルバ主演)とかこういう最後に発表会のある系の映画はカタストロフィがあっていい。素直に血が騒ぐ。
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2007年10月26日

出る杭は打たれる

日本社会の醜悪な一面。出る杭は打たれる。僅か20歳くらいの若者をメディアがここまで叩く必要が有るのか。

結局のところ、事態を悪化させ、騒ぎを大きくしているのはメディア自身ではないのか。それだけ暇なのか。暇なのならば平和な日本だからこんな事になるのか。ということは日本はやはり平和ボケなのか。いや、マスコミだけがボケたままなのだろう。ここまで来るとマスコミの腐敗と醜悪さに多くの人間が気付いているが、当人達は気付かないのか。




亀田興毅と彼の父への思いを、メディアが蹂躙する権利は無い。
それは彼の中のモノだ。他者に語る必要の無いモノだ。
記者会見とは誰に対するものか、ファンに対して語るモノではないのか。ならば、メディアの質問に何故答える必要が有ったのか。それは彼らがファンの代弁者だった時代が有ったからだろう。だが、最早彼らはファンの代弁者足り得るのか。いや、全く持って、メディアはメディアのロジックで勝手に走っている。むしろ彼らはファンを煽り、対象者を助長させる。そんなメディアを僕は心から醜い存在だと思う。そんなメディアの前で行われる記者会見には既に意味が無い。日本からこの愚かな儀式=カメラの前で頭を垂れる事で贖罪が行われると言う形式的な儀礼が無くなる事を心から祈る。あれほど意味が分からない・無意味な光景はないし、恐らく日本の特徴的な部分だろう。もう、共同体は壊れてしまって居るのに???幻想の共同体に頭を下げるのか???


亀田興毅に浴びせられたフラッシュが彼の心にどれだけの傷を付けるのか。願わくばこの若者が前向きに反省しながらも強く逞しくなってくれることを祈りたい。

メディアが愚かであり、最も制裁を受けるべき存在ではないのか。
その方法は簡単で、メディアを無視すればいいのだが。
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2007年10月01日

軍事政権とは如何なるものか

下添の産経新聞のミャンマー関連の記事について。本件に対する、政府の対応は近頃に無くバランスが取れていて、相応に迅速であり、個人的には評価出来る。大手メディアの不甲斐なさが際立つとも言えるのだが。

しかし、軍事政権というモノが如何なるものであるか、と言うことが良く分かる。都合の悪いことは隠蔽し、証拠は滅却。反対するものには武力により制裁を加える。軍事独裁国家と言うのはやはり怖ろしいという事を感じるし、その様な理不尽さ、不条理さには深い悲しみと怒りを禁じえない。

北朝鮮もまた、軍事独裁政権と呼べる存在。
そして太平洋戦争に突入していった日本政府もまた、軍部により乗っ取られていた政権であり、軍事独裁に近い姿であった。

護る為に武力は必要。
民主化が全てではない。

しかし、やはり理不尽に命を奪い、その恐怖で人を統べると言う古いやり方は人間の理性を否定するものではないのか。そんな疑問を感じながら、日本と言う国の平和さを有り難く感じ、日本人の平和ボケを情けなく感じるのです。


「政府、ミャンマー軍事政権にビデオ返却要求」

10月1日11時39分配信 産経新聞

 町村信孝官房長官は1日午前の記者会見で、ミャンマーの反政府デモを取材中に射殺された日本人ジャーナリストが殺害時に使っていたビデオカメラが返却されていないことについて、「ミャンマー側はすべての遺留品を返還したと述べているが、確認を求めている。(ミャンマー訪問中の)藪中三十二外務審議官からも関係者に強く要請する」と述べるとともに、ミャンマーの民主化や人権状況の改善などを引き続き求める考えを示した。また、町村長官はミャンマー側の医師による「検視結果」を公表。「20センチ以内から撃たれた場合に見られる銃口からの炎によるやけどの跡も、1メートル以内からだと皮膚に付着するとされる火薬の粒子もなかった」などと至近距離からは撃たれていないことを示唆していることを明らかにした。これを受け、町村長官は「別途分析する必要がある」と述べ、遺体を日本に搬送した上で改めて検視する方針を示した。
 また、高村正彦外相は1日の外務省のミャンマー情勢に関する連絡会議で「冷静な対応を求めていたのに、ミャンマー政府が強圧的な行動に出たのは遺憾だ」と批判した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071001-00000909-san-pol
posted by Harvey at 12:31| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

『誰も行かないところへは、誰かが行かなければいけない』

長井健司さんと言うジャーナリストの方がミャンマーで亡くなった。
最初は流れ弾により死亡したとの見方が大勢だったが、フジTVの入手した映像を見れば、かなりの確率で軍の兵士による射殺と考えられる。



まず、長井さんのご冥福を祈ります。

紛争のある場所や戦地といった最前線で取材することが彼のビジネスであり、恐らく際どい映像や命懸けの仕事になればなるほど、その仕事の価値は高かったはずであり、今回の取材にも相応のRISKがあり、相応の覚悟はされて現地に入られた筈である。ただ、非武装の僧侶と市民のデモを軍政府が弾圧し、一般市民を射殺する、そしてジャーナリストを至近距離から射殺すると言う行為は、想定し得る中でも最悪のケースだろう。この行為は決して許されるものではないし、許してはいけない。僕は今、心の底から怒りを感じるが、この怒りが日本人の同胞が理不尽に殺されたことから発しているのか、それとも最前線で真実と向き合い闘うことを良しとしていたと思われる1人のプロフェッショナルをこんな形で虫けらの様に殺されたと言う屈辱感から発しているのか、若しくは未だに世界が不条理に溢れ理不尽な死が一方的な暴力によりもたらされることを映像で突き付けられて怒りが湧いてきて居るのか、全く分からない。恐らくその全てではないか。

武装した政府の軍隊が、非武装のジャーナリストを意図的に射殺する、と言うのは、明らかに報道への挑戦であり、それは真実を追求すべく闘うプロフェッショナルへの挑戦だ。それは自由への挑戦でもあり、我々の知への欲求への挑戦とも言える。

戦時下にあるイラクや未だに平和が遠いアフガニスタンなどにおいて、テロリストや武装した非合法組織等々が非武装の人々を傷つけると言うのは想像出来るし、彼らには従うべき法は無い。いや、従うべき我々と共有可能な法が無い。だが、ミャンマーは軍事政権とは言え、政府軍だから、国がジャーナリストを殺したとも考えられる。

このことの持つ意味は怖ろしく深いのではないか、と思うのだが、どうなのだろうか。国際法の知識は特に無いから、どうしても倫理的情緒的な議論に終始してしまうのはお許し願いたい。

ただ、このネットに繋がれ、世界中が情報を即座に入手できる時代にこのような蛮行を実行し、しかもそれを映像で切り取られると言う極めて稚拙で愚かな行為を行った国家・政府が長く生き残れるとは思えない。
長井さんの死はその破片であり、数多くの死がミャンマーに横たわっている。民主化の波は一度引いたとしても何れより勢いを増して押し寄せるだろう。

民主化が全てとは思わない。アメリカ人が信じる様に、世界中の国家を民主化することが世界平和に繋がると無邪気に信じることは出来ない。でも、自由を望む人々をただ踏み付ける政権は何れ滅びると言うのは歴史の常道だろう。愚かな指導者にはそれが見えないのだろうか。

何れにせよ、日本のマスコミの論調は僕には理解し難い。メディアはもっと声を上げるべきだ。メディアは国を突き上げるべきだ。ジャーナリストの誇りと覚悟を踏み躙るこの蛮行に対してメディアは確固たる意志を持ちミャンマー政府に掴み掛かるべきじゃないのか。決してメジャーではない会社の契約ジャーナリストだからか?だからこんなに他人事の様に伝えるのか?

僕には分からない。偏向報道とか、そういう次元じゃないと思う。命とプライドとメシの種と自由、その全てを侵すこの行為にもっと激しい怒りを抱き、その拳を握らないのならば日本の大手メディアはもう駄目だろう、と勝手に思っている。

APF通信社の山路代表の言葉は闘う意思を失っていない。魂は既得権益に侵された大手メディア以外に宿っている。
「長井の口癖は『誰も行かないところへは、誰かが行かなければいけない』だった。この状態で取材が後退することを長井は好まないと思う。別の記者が望むならば社としても支援していく」

意志は紡がれる。一つの命が喪われても、その命が紡がれる意志を生んだのならば、ほんの少しだけ、救われるというのは余りにご遺族に対して失礼だろうか。


例え紡ぐものの動機が金銭や名誉欲であったとしても、プロは結果を見せればいい、公の目的を果たせばいい、と僕は思います。
posted by Harvey at 07:52| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

何もかもが

あの日から必死で生きて来た結果の、足掻いて来た結果の、そういうのが今、少し咲いてきた気がする。でもまだソレは小さい花で、勿論この花は多年草であるべきで、僕の根っこはそれくらいシブトイモノだと信じたい。

でも何れにせよ、最後は自分自身次第だと思いながらも、実は周りの心ある友人達や仲間や家族や家族付き合いさせて貰ってる方々とか、まぁ、結局人との出会いとか、全部そこに辿り着くんだなぁとか思ったりする。

でもまぁ僕の必死で生きて来たなんてのは、たいして多分必死じゃなくって、きっともっともっと必死で生きられるのは明らかだから、まだまだ頑張れるはずだなぁ、とも思うし、まだまだ甘いとも思うわけで、そうこうしてる内にあっと言う間に実りの秋を迎えるべき年齢が来るだろうね。もう、実は、そろそろ実ってもいい歳だからねぇ。年齢的には。まぁ僕は猛烈に牛歩系なんで今更焦ってもしょうがない。でも焦らないとまたコレ非常にノンビリするので多少は焦る。

何れにせよ、自分の来た道を肯定出来る状況は本当に幸せなことだと思うわけです。と、取り敢えずたまには感謝してみる(笑)
posted by Harvey at 14:06| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

エリア88

今、久々に日本の実家に戻っています。

で、本棚には僕の愛する漫画達がズラリ。しかし正直言って余り読む時間が無い。。。でも、読みたい訳です。ので、白羽の矢が立ったのがエリッパチこと「エリア88」なのでした。

エリア88、凄いジワジワと響いてくる作品です。
僕は基本的にメカ系、戦記系、ともに好きです。
更に、男達の友情や誇り万歳系も大好きです。

スコラ漫画文庫と言う文庫版で13冊と手頃な分量だし、最近の少年漫画の様に無駄に長くは有りません。長いのが悪くは無いけど、長いと連載当初からのファンはどんどん歳を取って行き、最後まで見届けることの出来ない作品となってしまう懸念があるのです。特にワンピース・・・は今黄色信号ですな。僕にとっては。

それはともかく、エリア88。出生の秘密までもが絡み付いている(後半で判明)親友に裏切られ、中東の外人部隊に売られた主人公が、戦闘機のパイロットとして日々その手を血に染めて、ただただ生き残る為に闘う前半と中盤。そして自らの意志で全ての決着を付けるために戦場に舞い戻った終盤。

脇を固めるパイロット達のメンバーも地味だけど魅力的だし、戦闘機も格好良くて、すげー燃えます。燃え燃えデス。
地上空母とか、鼻血でそうです。

戦闘機での戦闘シーンも多く、メカ好きにもかなり人気の有った漫画だったと記憶してますが、個人的に結構好きなのはアフリカで傭兵として戦った話です。これもまた結構アドレナリンが出るのですな。

物語は終盤凄まじい加速度で展開し、テンションは上がりっぱなし。

金で雇われている筈の外人部隊の傭兵達が、男の尊厳を護る為に闘いの中に身を投じていく姿は男には命を懸けてでも護らねばならない、形にならない何かが有るのだと教えてくれる様に感じます。

心臓がビス止めで、血管にジェット燃料が流れている、そういわれる様なプロの人殺しの戦闘機乗り集団の集う場所、エリア88・・・

物語の奥底を流れ続けたテーマに沿うように、この物語は悲劇で幕を閉じたと僕は思います。悲劇の中にささやかな希望を残してという感じ。

まだ未読の人には是非一読をお勧めします。
作者は新谷かおるさんですな。
posted by Harvey at 03:51| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

超えて行く

人生には必ずターニングポイントが有る。

何度も何度も限界の壁にぶつかり、悲しみの淵に沈む。

知らず知らずの内に諦めて匙を投げたり、力を出し惜しみ自分を慰めて満足したりする。

普段はそれでいいし、全ての問題や苦難を克服できる訳が無い。普通の人は。稀にそれの出来る超人的な人も居るが。

でも何れにしても、何処かで絶対に正面から物事に対処しなければならない時が来る。正面から問題や困難にぶつかり、闘うべき時がある。

男にも女にも、それぞれ腹を決めて闘うべき時がある。

超えて行く、必ずソレを超えて行く。
そういう覚悟を腹に据える。武器は覚悟。
そういう意思をブレさせない背骨は分別。
そういう気持ちを持続するエネルギーは憎悪と希望。
そういう意地を保つ最後の砦は責任感と自信と自意識。

そして、今こそがその瞬間と、闘うべき時を見極められるか否か、其処で人生は変わって来るのかもしれない。

潮目を読む、ということなのかも知れないが、大切な局面を嗅ぎ取る嗅覚は絶対に必要なものだ。

そして意志。超えて行くと言う意志。
結局精神論だが、精神はやはり人間を支えていると僕は信じる。
posted by Harvey at 04:32| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

喫煙マナーとかの次元じゃない

えぇ、日本生活もやっと少し起動に乗り始めました。
が、現職大臣は自殺するわ、政治家とのコネクションを持つご老人が自殺するわ、かつての最愛の人(勝手に)坂井泉水が亡くなってしまうという悲報に接するわ、で、もうめろめろです。

日本って忙しいね。
本当に世間の皆にとってヒーローだったり、ヒロインだったり、皆が死を悼むべき人の死を悼む暇もなく、昨日まで存在すら知らなかった他人の死にまでマスコミがバカ騒ぎをして取り上げて騒ぐ、忙しい国です。

それはともかく、ここ数日耐え難いことが1点。

煙い。煙い。煙い!!のである。

いや、確かに僕は元喫煙者。現在禁煙中と言うか、基本的には煙草は止めているが、飲めばたまには吸いたくなるので、完全なる嫌煙者じゃないのですがね、日本は酷い。

何が酷いかってーとですね、とにかく、飯を食う場所で煙草を吸って良い訳ですね。屋内で。確かにそれがかつては当たり前だったんですけどね。僕もそりゃぁ大学生の頃とかはデニーズで皆で山火事みたいに煙草の煙を上げてましたよ。それが普通だったし、ゲーセンもパチンコ屋も雀荘も、どこもかしこも煙だらけだったさ。飲み屋でもガンガンすってたさ。

そういえばNYでは、5年前は店内のバーカウンター(レストランの入り口の直ぐ側には大抵バーがありそこ)では喫煙可。食事をする席のほうでは喫煙不可。だった。でも、徐々に規則はきつくなり、今じゃ屋内はほぼ100%喫煙不可です。プライベートな空間(誰かの家とか)以外はほぼ90%喫煙不可です。シガーバー(合法)と、個室のカラオケルームや日本人向けのキャバクラ(ピアノバーと呼ぶが)(因みにこっちは非合法)くらいでしか煙草は吸えない。

でも、これが慣れると結構良くって、吸う人は時々席を外す訳ですな。吸いたい人は店の外まで歩いていってでも吸いたいし、むしろ込み入った話とかを友人と差しでしたいときとかは容易に席を外せる口実にもなる訳です。
だし、何より、飯を食ってるときに他人の煙草の煙で飯がまずくなるのはやっぱり有り得ない。不愉快極まりない訳です。しかもこっちは肺癌になるリスクも敵よりも背負わされる訳で、本当に有り得ない。殺人未遂で訴えたくなるくらいですが、元喫煙者としては昨日の我が身な部分も有って何とも言わないけど。

ただ、アメリカの場合、喫煙不可というのを正当化する理論は、受動喫煙により、レストランの従業員が健康を害する可能性があり、それを防ぐ為に屋内を禁煙にした、と言う理論です。

日本でも歩き煙草禁止とか言うやや的外れな感のあるルールが偉そうに展開されてますが、正直僕には理解し難い。あれは街の景観を護る為、ポイ捨てとかを禁止する為、若しくは火を付けたものを持って歩き回る危険な行為を禁止する為のもの、と理解していいのでしょうか。

何でそれで飲食店の店内で喫煙出来るのか?
酒とちょっとしたツマミだけを出す店ならしょうがない。でも、本格的な料理を出したり、飯を売りにする店でどうしてそれがありなのか。

隣の客や従業員の健康を害し、飯をまずくさせて、本人の味覚も落とし、僕は目が痛くなり、姫は頭痛を起こす。折角オレが煙草やめてんのにオマエが吸ったら意味ねーだろうが、寧ろオレが吸うよりオレの健康に悪いってのはどういう了見だ、え???

ってな具合に腹が経って死にそうになる訳です。本当に。あり得ん!!

ということで、昨日はボックスシートだったけど、隣のボックスからガンガン煙が流れてきて、今日はカウンターで隣の席からほぼチェーンスモーカー様のありがたーい煙がもうもうと立ち込めてきて、僕は本当にイライラしました。

そして、僕は自分が煙草を結構嫌いになってきたことを知りました。
やっぱりね、人間慣れとか環境だよ。だから、煙草はもっと法律で厳しく締め上げれば、禁煙に成功する人は増えるね。1日に2箱、1日に一食も食べなくても1箱は吸っていた僕がここまで煙草に怒りを覚えるようになった訳ですから。

と、怒り任せに一気に書いてみたので、もう論点はバラバラなんだったりしたりするんでしょうが、どうぞご容赦下さいませ。
posted by Harvey at 00:58| ニューヨーク ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

日本は豊かであった

今、久々に日本にいます。

とは言っても、先週からの数日間、詳細は言い難いので言いませんが、色々と事情が有ってずっと一箇所に缶詰になっていて(実質軟禁状態と言うか自分自身の機動力がゼロと言う特殊な状況)あんまり何もしていません。ただTVを見てる(笑)

ただ、最初の2日間、限定されたエリアを歩き回った感想ははっきりしたものだった。

日本は呆れるくらい豊かな国だった。
何て言うかもう、驚異的に豊かな国だった。

人とモノが溢れ、飯は超美味い。
駅ビルの中のトンカツ屋ですら、キャベツにかけるドレッシングはノンオイル(しかも味も美味しい⇒アメリカではローファット=死ぬほどマズイ)だし、ナプキンも箸も全部再生素材を使ったエコ商品。で、肝心のトンカツは美味しいし、ご飯もキャベツも味噌汁もお代わりOK。

本屋には雑誌が溢れかえり、しかも見たこと無いのが沢山(笑)

病院では受付の女性は笑顔を絶やさず親切に対応してくれるし、看護婦さんもお医者さんもまるで客商売の様に丁寧且つ親切である。。。
しかも女性は皆キレイにお化粧してて可愛い、ことが多い。
確かにNYの病院も結構いい病院に行くと受付のねーちゃんたちは皆凄い可愛かったりキレイな格好してるけど、サービスは正直そんなに良くないし、愛想もあまりよくない事が普通だ。

まぁ、それだけじゃなくって、ありとあらゆる物が溢れまくる街の中。駅の中にも駅の外にもコンビニがあるし、売店もあるし、吉野家もマックも呆れる位沢山あったし。

新しいビルは建ちまくってるし、中には高級な店やレストランがあって、しかも商品やメニューはかなりの高品質、雰囲気も良い、でもお客はそこまで居ない、、、と言う店もあったけど、とにかく僕の感想は死ぬほど豊か、で、飽和している、と言うものだった。


一方でTVのニュースでは毎日殺人事件と、馬鹿げた司法の話、馬鹿げた政治の話、ばかり。

物質的に豊か、精神的には枯渇、その二面を非常に感じるここ1週間だった。

日本は僕の想像よりも豊かな国だった。それは5年前には見えなかったし、体感していてもそういう風には感じなかった。

いまやNYよりも遥かに物質的に豊かであるに違いない。

だが、遥かに精神的に未熟であり、多様性に欠け、実質的な議論が無く、無意味で本質を常に御座なりにする、抜本的に物事を変えていく気の無い、不愉快極まりない国がそこにはあった。
個人個人の能力が高く、粒揃いの労働力と、高い技術、目の肥えた顧客(粋かどうかは別の問題だが)、コレだけの物が揃っていながらこの国には明らかに大局観と国家的戦略が欠けているし、政治と教育とメディアと司法に多くの欠陥を抱えている。
文化的にも大切なものを沢山喪っている様に見える。
何よりも、日本人自身が、非常に脆弱な生物になって来ている様に思えてならない。


日本は豊かである。
そして日本はやっぱり駄目だ。

無事是幸い。
平穏にこそ価値が有る。
事なかれ主義。

日本は何も変わっていない。

僕はやっぱりこの国を壊したい。全てを壊すことは多分僕の人生全てを懸けても出来ないだろう。だから自分のやり方で自分の立場で、壊して作る。ソレが僕の生きる道だ。
その方法は引き続き考えていくことになるのだろう。

残りの日本滞在では沢山の友人と話す機会も有ると思う。
その中で何か、日本の希望が見たいと切に願うが。
posted by Harvey at 17:23| ニューヨーク ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

自民党の愚行には呆れてモノが言えない。

三浦知良、ことKINGカズに、自民党が夏の参議院選挙への立候補要請をしていたとのニュースを読んだ。

横浜FCを通じてのカズの回答は「自民党よりオファーをいただきましたが、お断りいたしました」というもの。

当たり前である。
カズがどんな姿勢でサッカー選手で有り続けているのか、知っていて打診しているのだろうか、自民党。

彼がどれくらいの決意を持って、サッカーと対峙しているのか知ってんのか、政治家の皆さん。

勿論僕も実際は知らない。でも、想像は出来る。そしてその想像の部分までを含めてがカズなのだ。カズはカズであり、そのカズにはカズを象徴としたJリーグの歴史とか日本サッカーの加速度的な成長とか、そういう色々なものが全部カズに乗っかっている。

現役でプレーし続ける選手に、選挙に出ないかと誘うとは何事か。
40歳で現役を続ける選手が二足のワラジを履けると思っているならばサッカーをバカにしている。

サッカーを辞めて選挙に出ろと言うならば、カズの積み重ねてきた日々をバカにしている。

政治家としての手腕ではなく、その知名度と人気だけの政治家が必要だと思っているならば、有権者をバカにしている。

何れにせよ、バカにしている。何もかも。

と言うことで、兎にも角にも、こういう自民党の姿勢、政治家の相も変らぬバカらしい票集め作戦に気が狂いそうになる。

僕らが選んだ僕らの代表がこんな人たちで、こんな人たちは自分に投票してくれた人たちのレベルに胡坐をかいて、そのレベルで停止する。結果は結局僕らがバカってことか・・・?

何でもいいが、現役のJリーガーに下らない依頼をするな。プロレスとサッカーは違う。プロレスをバカにするわけじゃないが、サッカープレイヤーで居られる時間は信じられないくらい短い。
サッカー人生は呆れる位短い。
短いから、沢山の奇蹟と伝説が生まれるのだ。
posted by Harvey at 16:16| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

1年目が終了

昨日から今日に掛けて、懸案だった数科目の成績がオンライン上にUPされ、何とか相変わらず微妙な感じではあるものの、Failなどは頂く事もなく、今学期を終了できました。

GPAもまぁ、何とか卒業用件である3.0はクリアしており、ミニマムのノルマは果たしてて良かった、と言う感じ。

とは言え、GPA3.0と言うのは全科目Bと言う場合のGPAな訳で、普通に優秀な人たちが勉強すると滅多にC台は取らないらしいからかなり低レベルの喜びではある。
来学期はもう少し、自分の勉強したい科目と成績の取れる科目を多めに配分する必要があると痛感。今学期はやっぱりちょっと無理し過ぎた感は有るなぁ・・・。日本に学生達を連れて行くイベント等にかなりのエネルギーと時間を割いたり、全ての科目が同じ日に集中してしまうスケジュールになったり、正直ただ毎日を乗り切るだけのセメスターになってしまったことは否めない。本当に沢山の良い経験が出来たけど、それは腰をすえた勉強と引き換えになってしまった感がアル・・・ウーム。
何しろAが無いしなぁ。今学期。自分の好きな科目×2はB+だったので勉強に割いた時間が非常に限定的だったにしてはまずまずだから、一応残念と思いつつも納得。

うちの学校の成績の付け方はこんな感じ

GradeとGPA
A+ 4.33
A 4.0
A- 3.66
B+ 3.33
B 3.0
B- 2.66
C+ 2.33
C 2.0
C- 1.77
それ以下があるのかは不明。誰かが取ったかも聞いたことが無い。
F(FAIL)は取ったら卒業できないと言う噂もあるが、未確認。

GPAにCredit数を掛けたものがGPAポイントとなり、この合計をCredit数総計で割るとGPAが出る。

因みに、実際に僕は確認出来ているのはAとBとB+の数字のみ。と言うのは学校のWEB上では個別の表が見当たらない。自分の成績にはそれ以外の文字も刻まれているのだが、イマイチ要領を得ない表なので、B−とかがGPAで何になるのかイマイチ判らない。前記の3つは様々な学校関係の書類の中から発見した数字です。

ま、そんな訳で、来学期は頑張らないとねぇ・・・と非常に反省したのでした。今学期も頑張ったんだけどね。頑張りだけじゃどうにもならない部分も有る。その辺はねぇ・・・ホント。
posted by Harvey at 06:23| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

42.195キロ

42.195キロと言うのはマラソンの距離なのだが、これって実は信じられないくらい長い距離です。

僕はもともと陸上部に居た訳で、中学高校とキャプテンもしていて、専門は中距離だったけど、本当の長距離は決して得意じゃないです。

高校駅伝では、42.195キロを7人で走ります。
1区 10キロ
2区 3キロ
3区 8.0975
4区 8.0975
5区 3キロ
6区 5キロ
7区 5キロ
合計で42.195キロになる訳です。

まぁ、僕は常に2区か5区でしたが、選手層の薄いチームと言うのは2区・5区が非常に弱い(地区大会レベルでは人数が足りずにここには他の部活からの助っ人や、短距離が専門の選手が借り出されていたりします)ので、そこで或る程度の走力でレースを決めてしまう役割とかも有った訳です。まぁ、出来たかどうかは別として。

高校駅伝では日本で一番早いチームですら2時間5分前後だったはず。我々のチームは2時間22分くらいだった気が。いや、もう少し遅いかな。
そうやって考えると、マラソンを1人で走って2時間10分とかで走る人達は超人です。そして一般ランナーでも2時間台で走る人は沢山いるけど、その辺は日々の積み重ね。素晴らしいことですね。

その辺は余談なんだけど、一応、久しぶりに走ろうと思っていて、その為に最近ジョギングを再開。まずは出来るだけ毎日30分minimumで走るつもりです。しかしこれがなかなか続かないのだが。

まぁ、頑張ります。
posted by Harvey at 00:38| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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