2007年05月02日

生きていく為に

陳腐な言葉なんですが、生きてく為に何が必要か、何度考えても出てくる答えは同じになります。

個人的には「希望が有れば生きていける。」そういうことだと思う。

「希望が無かったら生きていけない」のか、と問われると、実はそうでもない。希望が無くても一応生きて行けます。でも危うい。

「希望が有れば生きていける」という言葉は裏返すと、「希望が無かったら生きて行けない」では無いと思います。

じゃぁ何よ?って感じだけど、頑張って裏返すと、「絶望したら生きていけない」ってことでしょうか。

「絶望しても生きていけます。」と言われそうですが、生きていける絶望は絶望ではないと思う。いや、単発の望みが断たれる絶望は幾らでも有ると思う。でも、人生に絶望することなんて簡単には出来ない。

絶望していると思い込んでも、どこかに光があるもんです。
絶望なんて簡単に出来ません。
絶望したと思っても、顔を上げて世界を見回せば実は光ってるもんです。結構。ただ、心が折れていたり、傷付いていると色が見えないから。音も聞こえないから。

ということで、人生にはどこかに希望がある、気付くか気付かないか、気付く為の努力をしているか、気付かないフリをしていないか、その辺の違いじゃないかと思う。

だから、余程のことが無ければ人は生きていける。


そして不思議なことに、自分が誰かを守らねばならない、と言う責任感が、希望に変わることもあるし、自分の世界に希望があることを気付かせる引き金になったりする。

護るモノがある人が強い、そう言われる所以だと思う。
そして護るべきモノが無い人など、やはりそうそう居ないのだ。

心一つ。世界なんて所詮心一つの集合体ですから。

何だかよく分からない結論で恐縮です。
posted by Harvey at 14:19| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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