2006年04月15日

ずっと昔から知っていること

15歳くらいの頃 僕は気が付いた

この世界には意味も理由も無い

言い換えれば

この世界にも僕自身にも 何の存在意義も無い

ありのままの状態においては 良いも悪いも無いし
何を目指していけばいいのかも分からない

人間以外の動物達は恐らく何の疑念も抱かず本能に従い活動し続ける

人間は理由を求める故に苦しんでいる

実は何の意味も無いこの世界
実は何一つ存在意義の無いこの生命活動

ただただ虚ろな中で時間が流れるがその時間にさえ意味が無い
悠久の時間の中で僕らは空虚に時を重ねる

成功も失敗も生も死も
愛憎も喜怒哀楽も
単なる自己満足

我々の全ては本当に些細なことだ
この世界にとっては取るに足らないことだ

それでも懸命に人類にとっての自己満足を追求し足掻くことが
人間に与えられた業であるなら
苦しくても虚しくても

諦観を小脇に抱えながらも
ささやかでも希望を掲げて
生きるのが人間らしいのだろうし
それをするのが生きる意味に思える

そういうものを全て放棄して
全てに意味が無いと自暴自棄に陥るのも意味が無い

意味が無いのだから何をしても意味が無い
人間はそういう生き物ではない気がする
人間はもっとこう悪足掻きをする様なそして或る意味もっと好い加減な
都合のいい生命体であろう

僕も僕なりに人間らしくそれなりに都合よく生きようかと思う
まぁ僕にとっての都合の良さが意味するものは自分で引いた線に自分で付加した意味を基本的に信じるってことなんだけどね
posted by Harvey at 04:39| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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