2007年09月30日

相撲の未来

大相撲の時津風部屋で時太山(ときたいざん)=当時17歳が稽古と言うか、暴行を受けて死亡したと言うニュースを読んだ。

最初は事件性が無いとされていたが、取調べが進むにつれ、証拠隠しや口裏あわせ、誠意の見えない真実を隠蔽する様な、己の保身か相撲界としての保身か、分かりはしないが、異常な体質が浮かび上がって来て居る様に見える。

横綱朝青龍は「怪我をしているのにサッカーをしていた」と言う罪で相撲界からもメディアからも、恐らく大衆からも集中砲火を浴び、外国語の日本語で精神科の医師による診断を受け、鬱病だかなんだかと診断され、賛否両論の中モンゴルに戻り、既に元気になって居るらしい。

村上龍氏が少し前に自身のコラムで言っていた様に、朝青龍の罪はなんだったのかはっきりしない。笑顔が罪だった、そういう捉え方しか出来ない。怪我がウソだったのなら、診断書を書いた医師を訴えることが出来るはずだが、それは為されなかった、と言う氏の意見には納得出来る。全てが曖昧なまま処理されていく、情緒と感情論に流され曖昧な罪で不自然に裁かれ、全てが曖昧なまま、その人はほとぼりが冷めれば戻って来る。

極めて日本的であり、日本の国技、相撲に相応しい、とも言えるかも知れない。しかし、スター不在、日本人力士の弱体化と人数減、不透明な判断基準に、隠蔽体質。

相撲界には未来があるのだろうか。
旧き良きしきたりは非常に価値有るモノでそれが喪われれば、相撲の魂が失われる、とも考えることが出来る。
だが、相撲は既に興行となっていて、ファンと力士に支えられている。その双方を失うのであれば相撲はまた神事として生き残るしかなくなってしまうのかも知れない。

閉ざされた世界の中で育った人材が古い仕来たりしか知らないまま相撲界を采配していけるのか。外部の人材を入れるという勇気が必要ではないか。少なくとも意味不明のメンバーが偉そうに講釈を垂れるばかりの横綱審議会等は、最も意味の無い組織だろう。まぁ無いよりマシなのか・・・いや、不要だろう。角界は今直ぐ、変革に向けて動き出すべきだ。
posted by Harvey at 14:09| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

『誰も行かないところへは、誰かが行かなければいけない』

長井健司さんと言うジャーナリストの方がミャンマーで亡くなった。
最初は流れ弾により死亡したとの見方が大勢だったが、フジTVの入手した映像を見れば、かなりの確率で軍の兵士による射殺と考えられる。



まず、長井さんのご冥福を祈ります。

紛争のある場所や戦地といった最前線で取材することが彼のビジネスであり、恐らく際どい映像や命懸けの仕事になればなるほど、その仕事の価値は高かったはずであり、今回の取材にも相応のRISKがあり、相応の覚悟はされて現地に入られた筈である。ただ、非武装の僧侶と市民のデモを軍政府が弾圧し、一般市民を射殺する、そしてジャーナリストを至近距離から射殺すると言う行為は、想定し得る中でも最悪のケースだろう。この行為は決して許されるものではないし、許してはいけない。僕は今、心の底から怒りを感じるが、この怒りが日本人の同胞が理不尽に殺されたことから発しているのか、それとも最前線で真実と向き合い闘うことを良しとしていたと思われる1人のプロフェッショナルをこんな形で虫けらの様に殺されたと言う屈辱感から発しているのか、若しくは未だに世界が不条理に溢れ理不尽な死が一方的な暴力によりもたらされることを映像で突き付けられて怒りが湧いてきて居るのか、全く分からない。恐らくその全てではないか。

武装した政府の軍隊が、非武装のジャーナリストを意図的に射殺する、と言うのは、明らかに報道への挑戦であり、それは真実を追求すべく闘うプロフェッショナルへの挑戦だ。それは自由への挑戦でもあり、我々の知への欲求への挑戦とも言える。

戦時下にあるイラクや未だに平和が遠いアフガニスタンなどにおいて、テロリストや武装した非合法組織等々が非武装の人々を傷つけると言うのは想像出来るし、彼らには従うべき法は無い。いや、従うべき我々と共有可能な法が無い。だが、ミャンマーは軍事政権とは言え、政府軍だから、国がジャーナリストを殺したとも考えられる。

このことの持つ意味は怖ろしく深いのではないか、と思うのだが、どうなのだろうか。国際法の知識は特に無いから、どうしても倫理的情緒的な議論に終始してしまうのはお許し願いたい。

ただ、このネットに繋がれ、世界中が情報を即座に入手できる時代にこのような蛮行を実行し、しかもそれを映像で切り取られると言う極めて稚拙で愚かな行為を行った国家・政府が長く生き残れるとは思えない。
長井さんの死はその破片であり、数多くの死がミャンマーに横たわっている。民主化の波は一度引いたとしても何れより勢いを増して押し寄せるだろう。

民主化が全てとは思わない。アメリカ人が信じる様に、世界中の国家を民主化することが世界平和に繋がると無邪気に信じることは出来ない。でも、自由を望む人々をただ踏み付ける政権は何れ滅びると言うのは歴史の常道だろう。愚かな指導者にはそれが見えないのだろうか。

何れにせよ、日本のマスコミの論調は僕には理解し難い。メディアはもっと声を上げるべきだ。メディアは国を突き上げるべきだ。ジャーナリストの誇りと覚悟を踏み躙るこの蛮行に対してメディアは確固たる意志を持ちミャンマー政府に掴み掛かるべきじゃないのか。決してメジャーではない会社の契約ジャーナリストだからか?だからこんなに他人事の様に伝えるのか?

僕には分からない。偏向報道とか、そういう次元じゃないと思う。命とプライドとメシの種と自由、その全てを侵すこの行為にもっと激しい怒りを抱き、その拳を握らないのならば日本の大手メディアはもう駄目だろう、と勝手に思っている。

APF通信社の山路代表の言葉は闘う意思を失っていない。魂は既得権益に侵された大手メディア以外に宿っている。
「長井の口癖は『誰も行かないところへは、誰かが行かなければいけない』だった。この状態で取材が後退することを長井は好まないと思う。別の記者が望むならば社としても支援していく」

意志は紡がれる。一つの命が喪われても、その命が紡がれる意志を生んだのならば、ほんの少しだけ、救われるというのは余りにご遺族に対して失礼だろうか。


例え紡ぐものの動機が金銭や名誉欲であったとしても、プロは結果を見せればいい、公の目的を果たせばいい、と僕は思います。
posted by Harvey at 07:52| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月11日

Make this world better...

夏休み先週終わり、大学院には学生が戻ってきた。
勿論僕もその1人。
しかしまぁ、怖ろしいほど沢山の1年生が校舎内を意味無くうろうろしている。再会を喜び合うのは全て2年生。所在無げに1人ポツンと立ったり座ったりしてるのが1年生。しかしまぁよくもこんなに人が居るもんだと、昨年の自分を忘れて思う。

それはともかく。

うちの学校のOBの人のブログを去年入学前に読んでいて、そこに書いてあったある教授の言葉がずっと心に残ってる。

Make this world better.

君らの志はそこにあるんじゃないのか、的な言葉と共に書いてあった気がするが、その辺はやや定かではない。僕に残ったのはこの言葉。

世界をより良くしよう。

分かり易く、分かり難い、そんな言葉。
言うは易し、行うは難し、そういう言葉。

でも僕はとてもこの言葉が好きだ。
この言葉は僕がこの学校を選んだことを肯定してくれる言葉だ。
この言葉は僕がビジネスの世界の中で握り締めて居るべき大事なコアを示す言葉だ。

僕は僕の闘う場所であるビジネスの世界から、この世界を変えていきたい。

I want to make this world better through my business.

僕が必死で生きるのも、必死で学ぶのも、必死で働くのも、勿論お金とか家族の幸せとか、会社の繁栄とか、そういうものの為であるだろうけども、でも、最後は世界を良くすることに繋がるべきだ。

世界を良くする為にはお金が要ります。
世界を良くする為には知恵が要ります。
世界を良くする為には影響力が要ります。

その為に、まずは一歩一歩、自分自身を良くしなければならないし、磨いていかなければならない。
僕自身が無力であれば、世界など救えない。
目の前の1人を救うことも大事だけど、自分の家族や仲間を背負ったまま救うのには相応の力が必要になる。

やっぱり今のままじゃ足りない。
僕はもっとずっと遠くまで行かねばならない。

posted by Harvey at 14:18| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | NYで感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月03日

政治家の不祥事を追及するだけじゃダメなんだよ

と、思う。

これだけ多くの政治家が、しかも閣僚に上り詰める、云わば政治家の中での成功者達が、バタバタと不祥事で倒れていく訳です。

お金絡みの不祥事系
人事絡みの官僚との闘いや軋轢を収められない内紛系
不倫とか下半身系
一向に減る気がしない軽はずみな問題発言系

ってかさ、ここまで幾らでも出てくるってことは、システムに問題があるんだよ。田中角栄さんの作った利益分配システムはもう通用しないし、自民党の集票システムもワークしない。政治家の集金システムももうoutdatedなんだよ。それ以上に、政治家を選ぶ選挙制度自体がもう意味を成していない。総理大臣と政党と閣僚と国会の全ての関係ももうワークしていない。

そんな政治家に期待する、既得権益にしがみ付く業者も、政治家を意のままに操ろうとするお役人も、それに甘えて美味しいところをつまんで威張ろうという政治家も、どの発想ももう古過ぎる。

今、情報は隠せない時代になった。ありとあらゆるソースから、匿名で情報は流れ出す。恐持ての脅迫も、社会的地位の喪失も、気にせずに情報を垂れ流せる時代。

ダークな部分もひっくるめて政治だった時代は終わったし、ダークな部分で上手に世の中を取り仕切りつつ自らも権力を手にする官の論理も通用しない。

そんな世の中になってきてるはずなのに、マスコミはただ感情的に説明責任説明責任、任命責任任命責任とアホの様に騒ぎ立てる。
マスに対するジャーナリズムなんか日本に無いとしか思えない。

官僚達は気付いてる。システムがもう駄目ってことに。でも、彼らにはそれを壊すメリットが無いのだと思う。優秀過ぎることで限界の線を自分で引いている。優秀過ぎることで自分達の足りない部分に目をつぶれる。

政治家は気付いてる。今まで通りじゃ上手くいかないことに。でも、日本を背負う気概のある政治家はもう居ない。政党の枠組みを超える政治家はもう居ない。本気で国家を変えようと考えてそれを実行できる実力のある政治家ももう居ない。お坊ちゃまとお嬢ちゃまが、日本の政治を腐らせる。人気と権威が好きな無勉強な政治家が日本の政治を腐らせる。

マスコミは組織として、既得権益を国に護ってもらっている時点で既に死んでいる。

死の国ニッポン
本当にぶっ壊してやりたいと心から思う。
でも、まだ力が足りないし。それは僕の仕事じゃないから、少しづつ、変えていくしかない。でも間に合わないかもね。

変わらなければ死んでしまう。
そういう時代にもうとっくになってるのに、どうして目を瞑ったまま、この愚か者の舟は沈もうとしているのか。




で、余談だが

ってか、結局朝青龍の最初の罪って何だったの?怪我してるのにサッカーしてたのが罪なの?ってか、怪我してたらサッカー出来ないの?まぁ出来無そうだけど、それって誰か確認したの??????

ってか、何で朝青龍を誘き出した中田英寿氏を誰も責めないの???

全然わかんないよ。僕的には。分かる人には分かるんだろうか・・・

感情論じゃなくって、有る程度論理的に、説明して欲しいのだが。

本質を曖昧にしたまま世論を煽るマスコミ、煽られる愚かな大衆。そんな大衆ってまだ日本にいるの????と思ってしまうが、居るのだった。居るのか????オレは居ないと思ってたのだが。居るみたい。うーーーーーん。
posted by Harvey at 14:32| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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