2007年05月30日

喫煙マナーとかの次元じゃない

えぇ、日本生活もやっと少し起動に乗り始めました。
が、現職大臣は自殺するわ、政治家とのコネクションを持つご老人が自殺するわ、かつての最愛の人(勝手に)坂井泉水が亡くなってしまうという悲報に接するわ、で、もうめろめろです。

日本って忙しいね。
本当に世間の皆にとってヒーローだったり、ヒロインだったり、皆が死を悼むべき人の死を悼む暇もなく、昨日まで存在すら知らなかった他人の死にまでマスコミがバカ騒ぎをして取り上げて騒ぐ、忙しい国です。

それはともかく、ここ数日耐え難いことが1点。

煙い。煙い。煙い!!のである。

いや、確かに僕は元喫煙者。現在禁煙中と言うか、基本的には煙草は止めているが、飲めばたまには吸いたくなるので、完全なる嫌煙者じゃないのですがね、日本は酷い。

何が酷いかってーとですね、とにかく、飯を食う場所で煙草を吸って良い訳ですね。屋内で。確かにそれがかつては当たり前だったんですけどね。僕もそりゃぁ大学生の頃とかはデニーズで皆で山火事みたいに煙草の煙を上げてましたよ。それが普通だったし、ゲーセンもパチンコ屋も雀荘も、どこもかしこも煙だらけだったさ。飲み屋でもガンガンすってたさ。

そういえばNYでは、5年前は店内のバーカウンター(レストランの入り口の直ぐ側には大抵バーがありそこ)では喫煙可。食事をする席のほうでは喫煙不可。だった。でも、徐々に規則はきつくなり、今じゃ屋内はほぼ100%喫煙不可です。プライベートな空間(誰かの家とか)以外はほぼ90%喫煙不可です。シガーバー(合法)と、個室のカラオケルームや日本人向けのキャバクラ(ピアノバーと呼ぶが)(因みにこっちは非合法)くらいでしか煙草は吸えない。

でも、これが慣れると結構良くって、吸う人は時々席を外す訳ですな。吸いたい人は店の外まで歩いていってでも吸いたいし、むしろ込み入った話とかを友人と差しでしたいときとかは容易に席を外せる口実にもなる訳です。
だし、何より、飯を食ってるときに他人の煙草の煙で飯がまずくなるのはやっぱり有り得ない。不愉快極まりない訳です。しかもこっちは肺癌になるリスクも敵よりも背負わされる訳で、本当に有り得ない。殺人未遂で訴えたくなるくらいですが、元喫煙者としては昨日の我が身な部分も有って何とも言わないけど。

ただ、アメリカの場合、喫煙不可というのを正当化する理論は、受動喫煙により、レストランの従業員が健康を害する可能性があり、それを防ぐ為に屋内を禁煙にした、と言う理論です。

日本でも歩き煙草禁止とか言うやや的外れな感のあるルールが偉そうに展開されてますが、正直僕には理解し難い。あれは街の景観を護る為、ポイ捨てとかを禁止する為、若しくは火を付けたものを持って歩き回る危険な行為を禁止する為のもの、と理解していいのでしょうか。

何でそれで飲食店の店内で喫煙出来るのか?
酒とちょっとしたツマミだけを出す店ならしょうがない。でも、本格的な料理を出したり、飯を売りにする店でどうしてそれがありなのか。

隣の客や従業員の健康を害し、飯をまずくさせて、本人の味覚も落とし、僕は目が痛くなり、姫は頭痛を起こす。折角オレが煙草やめてんのにオマエが吸ったら意味ねーだろうが、寧ろオレが吸うよりオレの健康に悪いってのはどういう了見だ、え???

ってな具合に腹が経って死にそうになる訳です。本当に。あり得ん!!

ということで、昨日はボックスシートだったけど、隣のボックスからガンガン煙が流れてきて、今日はカウンターで隣の席からほぼチェーンスモーカー様のありがたーい煙がもうもうと立ち込めてきて、僕は本当にイライラしました。

そして、僕は自分が煙草を結構嫌いになってきたことを知りました。
やっぱりね、人間慣れとか環境だよ。だから、煙草はもっと法律で厳しく締め上げれば、禁煙に成功する人は増えるね。1日に2箱、1日に一食も食べなくても1箱は吸っていた僕がここまで煙草に怒りを覚えるようになった訳ですから。

と、怒り任せに一気に書いてみたので、もう論点はバラバラなんだったりしたりするんでしょうが、どうぞご容赦下さいませ。
posted by Harvey at 00:58| ニューヨーク ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

日本は豊かであった

今、久々に日本にいます。

とは言っても、先週からの数日間、詳細は言い難いので言いませんが、色々と事情が有ってずっと一箇所に缶詰になっていて(実質軟禁状態と言うか自分自身の機動力がゼロと言う特殊な状況)あんまり何もしていません。ただTVを見てる(笑)

ただ、最初の2日間、限定されたエリアを歩き回った感想ははっきりしたものだった。

日本は呆れるくらい豊かな国だった。
何て言うかもう、驚異的に豊かな国だった。

人とモノが溢れ、飯は超美味い。
駅ビルの中のトンカツ屋ですら、キャベツにかけるドレッシングはノンオイル(しかも味も美味しい⇒アメリカではローファット=死ぬほどマズイ)だし、ナプキンも箸も全部再生素材を使ったエコ商品。で、肝心のトンカツは美味しいし、ご飯もキャベツも味噌汁もお代わりOK。

本屋には雑誌が溢れかえり、しかも見たこと無いのが沢山(笑)

病院では受付の女性は笑顔を絶やさず親切に対応してくれるし、看護婦さんもお医者さんもまるで客商売の様に丁寧且つ親切である。。。
しかも女性は皆キレイにお化粧してて可愛い、ことが多い。
確かにNYの病院も結構いい病院に行くと受付のねーちゃんたちは皆凄い可愛かったりキレイな格好してるけど、サービスは正直そんなに良くないし、愛想もあまりよくない事が普通だ。

まぁ、それだけじゃなくって、ありとあらゆる物が溢れまくる街の中。駅の中にも駅の外にもコンビニがあるし、売店もあるし、吉野家もマックも呆れる位沢山あったし。

新しいビルは建ちまくってるし、中には高級な店やレストランがあって、しかも商品やメニューはかなりの高品質、雰囲気も良い、でもお客はそこまで居ない、、、と言う店もあったけど、とにかく僕の感想は死ぬほど豊か、で、飽和している、と言うものだった。


一方でTVのニュースでは毎日殺人事件と、馬鹿げた司法の話、馬鹿げた政治の話、ばかり。

物質的に豊か、精神的には枯渇、その二面を非常に感じるここ1週間だった。

日本は僕の想像よりも豊かな国だった。それは5年前には見えなかったし、体感していてもそういう風には感じなかった。

いまやNYよりも遥かに物質的に豊かであるに違いない。

だが、遥かに精神的に未熟であり、多様性に欠け、実質的な議論が無く、無意味で本質を常に御座なりにする、抜本的に物事を変えていく気の無い、不愉快極まりない国がそこにはあった。
個人個人の能力が高く、粒揃いの労働力と、高い技術、目の肥えた顧客(粋かどうかは別の問題だが)、コレだけの物が揃っていながらこの国には明らかに大局観と国家的戦略が欠けているし、政治と教育とメディアと司法に多くの欠陥を抱えている。
文化的にも大切なものを沢山喪っている様に見える。
何よりも、日本人自身が、非常に脆弱な生物になって来ている様に思えてならない。


日本は豊かである。
そして日本はやっぱり駄目だ。

無事是幸い。
平穏にこそ価値が有る。
事なかれ主義。

日本は何も変わっていない。

僕はやっぱりこの国を壊したい。全てを壊すことは多分僕の人生全てを懸けても出来ないだろう。だから自分のやり方で自分の立場で、壊して作る。ソレが僕の生きる道だ。
その方法は引き続き考えていくことになるのだろう。

残りの日本滞在では沢山の友人と話す機会も有ると思う。
その中で何か、日本の希望が見たいと切に願うが。
posted by Harvey at 17:23| ニューヨーク ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

自民党の愚行には呆れてモノが言えない。

三浦知良、ことKINGカズに、自民党が夏の参議院選挙への立候補要請をしていたとのニュースを読んだ。

横浜FCを通じてのカズの回答は「自民党よりオファーをいただきましたが、お断りいたしました」というもの。

当たり前である。
カズがどんな姿勢でサッカー選手で有り続けているのか、知っていて打診しているのだろうか、自民党。

彼がどれくらいの決意を持って、サッカーと対峙しているのか知ってんのか、政治家の皆さん。

勿論僕も実際は知らない。でも、想像は出来る。そしてその想像の部分までを含めてがカズなのだ。カズはカズであり、そのカズにはカズを象徴としたJリーグの歴史とか日本サッカーの加速度的な成長とか、そういう色々なものが全部カズに乗っかっている。

現役でプレーし続ける選手に、選挙に出ないかと誘うとは何事か。
40歳で現役を続ける選手が二足のワラジを履けると思っているならばサッカーをバカにしている。

サッカーを辞めて選挙に出ろと言うならば、カズの積み重ねてきた日々をバカにしている。

政治家としての手腕ではなく、その知名度と人気だけの政治家が必要だと思っているならば、有権者をバカにしている。

何れにせよ、バカにしている。何もかも。

と言うことで、兎にも角にも、こういう自民党の姿勢、政治家の相も変らぬバカらしい票集め作戦に気が狂いそうになる。

僕らが選んだ僕らの代表がこんな人たちで、こんな人たちは自分に投票してくれた人たちのレベルに胡坐をかいて、そのレベルで停止する。結果は結局僕らがバカってことか・・・?

何でもいいが、現役のJリーガーに下らない依頼をするな。プロレスとサッカーは違う。プロレスをバカにするわけじゃないが、サッカープレイヤーで居られる時間は信じられないくらい短い。
サッカー人生は呆れる位短い。
短いから、沢山の奇蹟と伝説が生まれるのだ。
posted by Harvey at 16:16| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

1年目が終了

昨日から今日に掛けて、懸案だった数科目の成績がオンライン上にUPされ、何とか相変わらず微妙な感じではあるものの、Failなどは頂く事もなく、今学期を終了できました。

GPAもまぁ、何とか卒業用件である3.0はクリアしており、ミニマムのノルマは果たしてて良かった、と言う感じ。

とは言え、GPA3.0と言うのは全科目Bと言う場合のGPAな訳で、普通に優秀な人たちが勉強すると滅多にC台は取らないらしいからかなり低レベルの喜びではある。
来学期はもう少し、自分の勉強したい科目と成績の取れる科目を多めに配分する必要があると痛感。今学期はやっぱりちょっと無理し過ぎた感は有るなぁ・・・。日本に学生達を連れて行くイベント等にかなりのエネルギーと時間を割いたり、全ての科目が同じ日に集中してしまうスケジュールになったり、正直ただ毎日を乗り切るだけのセメスターになってしまったことは否めない。本当に沢山の良い経験が出来たけど、それは腰をすえた勉強と引き換えになってしまった感がアル・・・ウーム。
何しろAが無いしなぁ。今学期。自分の好きな科目×2はB+だったので勉強に割いた時間が非常に限定的だったにしてはまずまずだから、一応残念と思いつつも納得。

うちの学校の成績の付け方はこんな感じ

GradeとGPA
A+ 4.33
A 4.0
A- 3.66
B+ 3.33
B 3.0
B- 2.66
C+ 2.33
C 2.0
C- 1.77
それ以下があるのかは不明。誰かが取ったかも聞いたことが無い。
F(FAIL)は取ったら卒業できないと言う噂もあるが、未確認。

GPAにCredit数を掛けたものがGPAポイントとなり、この合計をCredit数総計で割るとGPAが出る。

因みに、実際に僕は確認出来ているのはAとBとB+の数字のみ。と言うのは学校のWEB上では個別の表が見当たらない。自分の成績にはそれ以外の文字も刻まれているのだが、イマイチ要領を得ない表なので、B−とかがGPAで何になるのかイマイチ判らない。前記の3つは様々な学校関係の書類の中から発見した数字です。

ま、そんな訳で、来学期は頑張らないとねぇ・・・と非常に反省したのでした。今学期も頑張ったんだけどね。頑張りだけじゃどうにもならない部分も有る。その辺はねぇ・・・ホント。
posted by Harvey at 06:23| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

42.195キロ

42.195キロと言うのはマラソンの距離なのだが、これって実は信じられないくらい長い距離です。

僕はもともと陸上部に居た訳で、中学高校とキャプテンもしていて、専門は中距離だったけど、本当の長距離は決して得意じゃないです。

高校駅伝では、42.195キロを7人で走ります。
1区 10キロ
2区 3キロ
3区 8.0975
4区 8.0975
5区 3キロ
6区 5キロ
7区 5キロ
合計で42.195キロになる訳です。

まぁ、僕は常に2区か5区でしたが、選手層の薄いチームと言うのは2区・5区が非常に弱い(地区大会レベルでは人数が足りずにここには他の部活からの助っ人や、短距離が専門の選手が借り出されていたりします)ので、そこで或る程度の走力でレースを決めてしまう役割とかも有った訳です。まぁ、出来たかどうかは別として。

高校駅伝では日本で一番早いチームですら2時間5分前後だったはず。我々のチームは2時間22分くらいだった気が。いや、もう少し遅いかな。
そうやって考えると、マラソンを1人で走って2時間10分とかで走る人達は超人です。そして一般ランナーでも2時間台で走る人は沢山いるけど、その辺は日々の積み重ね。素晴らしいことですね。

その辺は余談なんだけど、一応、久しぶりに走ろうと思っていて、その為に最近ジョギングを再開。まずは出来るだけ毎日30分minimumで走るつもりです。しかしこれがなかなか続かないのだが。

まぁ、頑張ります。
posted by Harvey at 00:38| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

耳の大きなネコ

つい数日前、薄れ行く意識の中、と言うか完全に眠りに落ちつつあったその時、自宅で仕事中のうちの姫が嫌味を込めてオヤスミ!の挨拶。

ソレに対した僕の寝言が・・・凄い。

「ん、、、耳の大きなネコが・・・zzzzzzzzzzzzzz」

だそうです。僕は知りませんが、姫の翌朝の通報により、自分に神が降りてきていたことを知りました(笑)


しかしね、ソレぐらい衝撃的、いや笑激的(笑)
夢に出るくらいオカシイし、鮮烈。

話題の北京石景山遊楽園(日本でもまだ話題?)

凄すぎる、中国、これ国営遊園地ですから。しかもディズニーだけならまだしも、ドラえもんもキティーちゃんも、最早夢の遊園地(劣化版)ですね。或る意味この貪欲さは凄い。でも、スパイダーマンとかは居ないんだね。何となく不思議。

しかしまぁ、何て言うか、中国にも沢山賢い人や、日本人並みに羞恥心のある人も居ると思うんだけど、まぁ、そういう文化じゃないんだろうね。日本人だって、安ければイイって言って偽ブランド品買ったりする人が居る訳で、値段ドライブが掛かってる点は大差ない。
日本人には明白な贋物は絶対に恥ずかしい、と言う社会の中で仲間はずれにされたくない感覚があるから、明白な贋物に対しては皆で叩きまくって排除しようと言う意識が働く。

そんな感じだろうか。
中国の凄いところは開き直りまくっているところ。
耳の大きなネコ(笑)に全てが凝縮されているのだ。

しかし何で耳の大きなネコなんだろうか。鼻の長いキツネ、とか、もっと他にあるだろうが。その辺の分かってるけど聞くなよお前、あたりめーだろ、って感じの非常に繊細さの無い乱暴な雰囲気が、さすが中国、と思うわけである。1.jpg


↓こちらではドラちゃんもキティちゃんも活躍中。しかしドイツもコイツも直ぐ面を晒す・・・
http://www.youtube.com/watch?v=iXjj5wICaVo
http://www.youtube.com/watch?v=uIbW9cFN6oc
posted by Harvey at 13:35| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

40歳2カ月16日

キング カズ

が今シーズン初ゴールを上げた。

40歳2カ月16日のゴールも凄いと思うけど、そういう次元の問題ではなく、40歳を超えても現役で闘い続けられる心と体が凄い。

僕自身は今33歳と言うかほとんど34歳だから、それ以降の年齢で人間の体がどうなっていくのか体感したことが無い。ただ、20代後半から30代前半にかけての身体の落ちて行き方にはかなり含蓄がある(笑)とか言ってまぁ大したこと無いけど。

でもまぁ、5歳くらいから20歳くらいまでは猛烈に運動してたし、その後の週に1−2回はずっと続けてきた。まぁ、そんな感じで運動とか体力には相応に自信があったんだけど、30歳時にぎっくり腰(特に理由なし)、31歳時にもぎっくり腰(サッカー試合中に)を経験しすっかり弱気になりました。年とともに瞬発力は落ちるし、柔軟しないと怪我するし、膝が意味不明に痛くなったり、完全に癖になっている捻挫はサッカーの試合後には毎回腫れます。
そんな訳で、爺さんとしては、カズやゴンの偉大さが恐ろしいくらいに分かる、と言うか、凄すぎてどう凄いのか良く分からないくらい凄いことが分かる。
加齢に伴い体力の回復もどんどん遅くなるし、怪我の治りもドンドン遅くなる。

肉体的にも厳しいけど、精神的にもきっと厳しいはずだ。ピークを超えたら、あとは落ちていくことになるが、昔は届いた場所に足が届かなくなったり、昔はぶっち切れたDFをスピードやワンフェイントでは抜け切れなくなるのが普通。それはきっととても精神的に苦しいことだし、何とかして乗り越えなければならない問題になる。次々に出てくる若手の才能にも様々な想いを抱くだろう。そもそもかつては自分に注がれていた注目もスポットライトも減り続けるのは誇り高い一流選手にとっては決して愉快なことではないだろうし。

カズは本当のプロフェッショナルなサッカープレイヤーなんだと思う。
妥協無く準備して、妥協無く戦うし、チームの為に全力を注げる。
ファンの為に魅せることが出来るし、ファンの夢と希望を背負っていく気概がある。カズの生き様を信じる人たちをカズは裏切らない。
そこがヒデとの違いだと、僕は今にして思う。
カズは絶対に前向きだし、カズはサッカーを否定しない。
だからカズにはずっとサッカーと一緒に居て欲しい。

カズの時代が終わったと思ったことは確かに有った。
ヒデや俊輔が素晴らしいプレイヤーだ(だった)と言うのも知ってるし、ヒデも俊輔も僕は凄く好きなプレイヤーだ。

だけど、やっぱりカズには敵わない。僕にとってカズは日本サッカーの中で全てを超越した存在になりつつある。しかも非常に人間臭い存在としてだ。対抗出来るのはゴン中山だけかな。僕としては。二人ともいい歳だけど。

キングなんて言葉は、なかなか使えないし、今のカズはチームでキングじゃないしね。でも、キングカズ、は最高だと思う。

そして何よりそういう風に僕らに思わせてくれるカズが最高に格好イイ。
posted by Harvey at 07:40| ニューヨーク ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | サッカーにまつわること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

生きる姿勢

若いときは素のままで生きていきたいと思うものだ。

だが、年齢とともにそういう訳にもいかなくなる。

ある程度の年齢からは社会的な地位も出来てくるし、組織の中において部下や上司が居る中で、なかなか素のままでは居られないものだろう。

まぁその辺はオンとオフを上手に使い分けられるくらいの器用さとかそのくらいのフレキシビリティが無ければ、本当の意味で組織の長になるのは難しいということでも有ると思う。それが全てではないが、必要条件では有ると感じる。

今日、お昼を一緒に食べた知り合いと言うか、先輩と話していて一番感じたのはその辺だろうか。やっぱり弱音を見せずに何時も明るく楽しく生きている様に見せていくことも他人を引っ張っていくには必要だろうということだ。
そういうのが得意だったり不得意だったり、その辺は人によりけりだが、得手不得手じゃなくて、そういう姿勢を忘れない様にしたいと思う。僕は割りと素でやる気無い風に見せかけて、そこまでやる気無くないよん、と言う感じで裏を取るのが得意だけどそれだけではやっていけない日が来る。

今日の夜、やっぱりこれまた別の先輩が留学中に書き溜めた絵のexhibitionに行って来たが、そこで感じたのは自分の世界を持ち続けることと、それをただの趣味で終わらせず、或る程度のクオリティで世に出せるくらい拘る姿勢である。人によってやはり得手不得手がある世界だが、別に絵でも何でもいいけど、やはり自分自身、他人に見える形の趣味も有ってもいいのかもね、と思った次第。

まぁ、よく分からないけど、生きる姿勢において他人を寄せ付けない、ことで精神的に圧倒していく、そんな姿勢もまた経営者には必要かな等と、非常に自己完結に至ったのであった・・・。

何か論理的に破綻している気がするが、残念ながらまだ自分の中で消化仕切れてないなぁ。
posted by Harvey at 21:06| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | NYで感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月11日

月は光っているが光っていない。

月が光っているのは太陽の光を反射しているからだし。

月が欠けるが月は満ちる。

月が満ち欠けするのは色々と事情が有るんだろうし。

人間の心なんてのも結局そんなもので、
他者と自分がいてお互いに太陽でも月でもある。

人間の思いなんてのも結局そんな感じで、
他者のと自分で影響し有って満ちて欠ける。

月も太陽も、同時に見ることはなかなか出来ない。
月も太陽も、互いに見えるのは互いの姿のみ。

でも、月からは地球が見えるハズ。
僕の見ている世界だけがこの世界じゃないし。
僕の想いが正しいとも限らない。

月には裏があるのだ。
人にも見えない部分がある。
僕にだってある。
posted by Harvey at 18:13| ニューヨーク 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月10日

Final の Final

ということで、Final=期末テストも残すところあと1科目。

Accountingを残すだけとなりました。
あと5時間後に試験開始・・・

まぁかなり促成栽培勉強で、準備不足は否めないですが、取り敢えずFailにならなければ、いいや、と既に開き直り中。

学期開始時にはここでAくらい取りたいと意気込んでいたんだけど、まぁあまりにも悪条件が重なってしまい、Midterm(中間テスト)で撃沈。今に至ります。

しかし、凄い試験範囲な上に、持ち込み禁止とは何事か。

現在価値の公式とか、山の様にある公式を全部暗記して来いとは、どういうことか。over30のオイラには相当キツイことが分かっているのか。24歳とかと記憶力・体力共に相当ハンデが有ります・・・

ま、そんな訳で、あと1日で自由の身。それが嬉しい(笑)
posted by Harvey at 03:00| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語との闘いか英語での闘いか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

島国根性

島国根性と言うのは、多分、島国を出ないと治らない。

島国を出ても治らない。

親子3代くらい島国から離れれば治る気がする。

島国根性の何が悪いのか、と言われれば、悪くは無い気がする。

ただ、これからの世の中では、ビジネス・政治両面で得をすることは無いのではないだろうか。

そういう意味で島国根性はpracticalではない。実践的じゃないのだ。
でも島国の中では島国根性こそがpractical。
じゃぁ、でも、それじゃぁ外で戦えない。
日本の市場が収縮していく中、日本と一緒に収縮していくのでOKならそれでいいのだろうけど。

何てことを、未だにメジャーリーグの日本人選手のニュースがまるで日本を代表する選手の様に扱われる、ニュースサイトを見て思った訳です。
何て言うか、外で頑張るって、もう普通のことにしていきたいよね。
そういう風にしていかないと、日本は本当に、沈んで行くんじゃないだろうか。まぁ、沈んでも、別にしょうがないのだが、一緒に溺れたくは無い。
膝まで水に浸かってから、騒ぎ出しても遅い。そう、自覚している人はどれくらい居るのだろうか。
僕がNYに来てからもう5年間以上、日本のメディアだけが変わって居ない。日本人が海外のスポーツ界で活躍する機会は信じられないくらい増えたのに。

メディアがダメなのか、日本人がダメなのか。
前者で有ればよいのですが。
posted by Harvey at 11:17| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | NYで感じること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月08日

そりゃ、凹むことも有る。

まぁ、何て言うか、一応世の中ではそれなりに有名で、優秀な人が集まっている、と言われるような学校の大学院に留学している訳でして、その中で僕の居るスクールが特別優秀か?と言われれば、そんなことも無いだろう、と思うんですけど、そりゃぁ、優秀な人は多い訳です。

って何だか意味分からない。

でまた、これが国別にも随分と特徴が違う訳でして、日本人はCPUの回転が滅茶苦茶速い人とか、CPUをどう使えば効率的に問題を解けるか、とか、まぁ勿論ずっと子供の頃からそういう訓練を積んできて、受験戦争も切り抜けて、頑張って来た人が多いのです。

で、僕は頑張り始めたのが数年前なんで(笑)

まぁ好きな科目だけは昔から異常に得意だったけど、苦手な科目は全部赤点でもいいや、って感じで生きてきて、私立だったから、何だかんだ数学と英語が全部赤点とかでも結構全体ではいい順位で生き延びてきた訳です。が、今は英語で数学系の科目もやる訳で、もうどうしようもない。

でまぁNativeの人たちは英語出来る訳です。問題なく。僕は言いたいことは言うけど、四苦八苦な訳よ。

でまた、各国からの留学生達は中には国の奨学金で留学して来ているマジメ&優秀&しかもいい奴(ピュア)&頑張り屋な奴らも居て、この子達もまぁすげー頑張る訳です。

そんな訳で、限り有るリソースを投入した科目で死亡した今、毎日一夜漬けで次の科目の試験勉強をしている訳で、辛い。
そして、勿論成績もイマイチだろうねぇ・・・うーん。

ということで、Finalのお勉強に戻ります。
僕の問題は、僕が結構何時も余力を残して生きている人間だと言うことですね。昔っからなんだけどね。
posted by Harvey at 16:31| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月07日

死は全ての人に平等に訪れる。 死は多くの人に不平等に訪れる。

生きていくのに希望が必要などと書いておきながら、希望を持ち続けても、生きていくことが叶わないことも有る、と言う悲しい現実が有ります。

2006年4月25日に書いた「闘病中のアスリート」で書かさせて頂いた、女子陸上砲丸投げの日本記録保持者でアテネ五輪代表でもあった森さんのことについて、正直引っかかっていたのだが、自分のことで日々追われる中、ろくに日本のニュースもチェックできなかった時期なども有り、フォロー出来ていませんでした。

http://harvey-kendochorai.seesaa.net/article/17015913.html

僕自身、数週間前に知ったのですが、森さんは昨年の夏に亡くなられていたとのこと。最期まで、希望を捨てずに頑張られた様でした。遅ればせながらご冥福をお祈りします。

http://www.kokushikan.ac.jp/topics/060809mori.html


死は全ての人に平等に訪れるものです。
でも、その順番は不平等に訪れる。

誰にもどうしようもないことだけど、やっぱり26歳の死は早過ぎる。

マイナーで目立たない種目ですが、日本記録を更新し続けて種目のレベルを格段に引き上げた、偉大なアスリートが競技人生のピークを迎えることなく旅立ったことは、本当に悲しいことです。闘病中も復帰を目標にしていたご本人の気持ちは僕には測り知ることなど出来ません。




僕は幸いにも物心付いてからは親類縁者に関しては僅かに祖父1人の死を経験したのみで今まで生きてきました。ただ、数名の友人や知り合いは旅立った。しかも20代で。

その中でも確か彼女も26歳で、闘病生活の末に、旅に出た。
勝手な想像だけど、やっぱり思い出すと、責任を感じる。
彼女は久々に会った時、ニット帽を被り、皆と一緒にボーリング大会と称して集まった会に来て、ずっと座って2つに分かれたチームを応援していた。僕は彼女に体調が悪いのか、と聞いた気がする。その時彼女は曖昧にしか答えてくれなかった。

次に皆で会う約束をしていた時彼女は現われず、その日に送ったメールから数度の遣り取りを経て、彼女が病に倒れたことを知った。彼女自身の言葉で。僕の送ったメールにはもう返事は来ず、僕の返信を彼女が読んだのか、僕には分からない。
僕は彼女の最期の時の少し前に、苦しみを和らげて上げられたのかと自問する。

そういう人を想うと、一生懸命生きないといけないとつくづく想う。苦しみは生きているから味わえるとつくづく想う。
彼女は最期まで、僕の渡米を心配してくれていたから。精神的に脆い部分が有ることを、似たもの同士、気付いて居てくれたから。
それ程長い時間を過ごした友達じゃなかったのだけれど、何故か彼女とは波長が合った。そんな彼女の死を時々思い出す度、僕は逡巡から解き放たれることが出来る。

非業の死には、生きてる人を動かす力がある。人が動く限り、その死は生きているはずだ。彼女の死は僕の中で生きている。変な言い方だが、彼女は死んでいるが、その死が僕の中で生きている限り、本当に死んだことにはならないんじゃないか、などと思ったりする。
時々、そう思ったりする。

そして、毎日、
ちゃんと笑って、
ちゃんと怒って、
ちゃんと哀しんで、
ちゃんと楽しんで、
ちゃんと人とコミュニケートして、
ちゃんと大切な人を大切にして、
ちゃんと歩いていかないと。
posted by Harvey at 12:24| ニューヨーク ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月02日

生きていく為に

陳腐な言葉なんですが、生きてく為に何が必要か、何度考えても出てくる答えは同じになります。

個人的には「希望が有れば生きていける。」そういうことだと思う。

「希望が無かったら生きていけない」のか、と問われると、実はそうでもない。希望が無くても一応生きて行けます。でも危うい。

「希望が有れば生きていける」という言葉は裏返すと、「希望が無かったら生きて行けない」では無いと思います。

じゃぁ何よ?って感じだけど、頑張って裏返すと、「絶望したら生きていけない」ってことでしょうか。

「絶望しても生きていけます。」と言われそうですが、生きていける絶望は絶望ではないと思う。いや、単発の望みが断たれる絶望は幾らでも有ると思う。でも、人生に絶望することなんて簡単には出来ない。

絶望していると思い込んでも、どこかに光があるもんです。
絶望なんて簡単に出来ません。
絶望したと思っても、顔を上げて世界を見回せば実は光ってるもんです。結構。ただ、心が折れていたり、傷付いていると色が見えないから。音も聞こえないから。

ということで、人生にはどこかに希望がある、気付くか気付かないか、気付く為の努力をしているか、気付かないフリをしていないか、その辺の違いじゃないかと思う。

だから、余程のことが無ければ人は生きていける。


そして不思議なことに、自分が誰かを守らねばならない、と言う責任感が、希望に変わることもあるし、自分の世界に希望があることを気付かせる引き金になったりする。

護るモノがある人が強い、そう言われる所以だと思う。
そして護るべきモノが無い人など、やはりそうそう居ないのだ。

心一つ。世界なんて所詮心一つの集合体ですから。

何だかよく分からない結論で恐縮です。
posted by Harvey at 14:19| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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