2012年01月29日

ただただ時が流れる。

歳を取った、ということなのだろうか。
最近ただひたすらに時間が流れていく。子供たちがどんどん成長していく。僕自身も肉体の衰えを感じざるを得ない。そんな日々。

この現実を受け入れながら、社会的には上っている感覚。即ち自分自身が具現化出来る物事が広がっている、増えている、そういう感覚。

その相反が本当に切ない。

人の人生のピークとはどこなのか。

切なく儚く心もとない。それが人生か。
posted by Harvey at 23:35| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

久々に

久々に書いてみる。
しかし、まぁ、この長い間に世の中が一変してしまった。

日本はこれからどこに向かうだろうか。

震災そのものは、大きな悲劇を生んだが、日本人に大事なものを沢山思い出させてくれた。
復興は国を一つに出来るキーワードとも言える。思いやり、と言う完全に薄まっていた道徳観も強まるはずだ。政治家は未だに愚かな駆け引きをしているが、老いた世代が退場せざるを得なくなり、今まだ政治の舞台に上がっていない、この震災後に頭角を現わす若い世代が出てくるだろう。二世でも三世でもなく、族議員でもない、志の高い政治家が生まれて来てほしい。ここにしかチャンスはない。

一方でエネルギーの問題は暗い影として忍び寄る。
日本人の価値観を決定的に変える可能性のあるものである。

日本社会は確実にターニングポイントにいる。

しかしこれは世界中が必ず迎えるターニングポイントかも知れない。
即ち、日本は世界で最も成熟し、世界で最も進んだ国であることは変わらない。

ただ、惑星の最後が消滅であるように、人間が成熟したのち生命活動を終えるように、日本という国が消えるのが先進国で一番早い、と言うことにならない様にしたいと思う。

だが、可能性は高い。このままでは。
posted by Harvey at 23:50| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

風化する過去の意味するものは

過去の出来事は風化していく。
どんな風に形に残そうと努力してもそれは風化せざるを得ない。
それがこの世の定めだと思う。

僕の想いもやはり風化していく。

それはきっと今が過去の想いよりも充実しているからだ。
それは間違いないと思う。

でも、忘れてはいけないモノもある。
と、思いたいものがある。

僕が忘れてしまったら、僕が僕である理由がなくなるような、きっかけの想いのことだ。

苦しくって、悔しくって、悲しくって、毎日空を見上げていた時のことだ。
そして生まれて初めて目の前が暗転することを知った、そのすべての始まりの日のことだ。

その日の想いがあったから、その後の苦しみが始まった。
苦しみから逃れるためには、自分自身を追い込んでいくしかなかった。
忘れるためには走るしかなかった。
忘れるためには振り向くなんて出来なかった。
忘れたくないし、忘れられないからこそ、せめてその瞬間は心を空にしたかったんだ。

走り始めて、見えてきた世界がある。
走り続けてきて、僕は少しだけ前に進めた気もする。
でも、寒い夜道を、凍りつくような雲のない星が鈍く輝く中空をみて、歯を喰いしばる。

二度と戻らないあの頃の僕を、喪ってしまった悲しみを。

ぬるま湯に浸ったこの街に飲み込まれてはいけない。
偽りの笑顔に溢れた街並みに迎合してはいけない。
飽食の人波に流されてはいけない。

僕は渇いたままでいい。
渇いたまま走ればいいんだ。
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2010年01月17日

振り返り思う

2002年当時の自分のブログを読み返してみた。全部じゃないけど。
振り返って思うこと。

こんなこと考えてたんだーーー(汗)
というのが一つ

この書き方キモイな・・・・(涙)
というのも一つ

だけど、わかったんだけど、ベースは変わってないみたいだね。やっぱり。

でも、子供ができると本当にいろいろな意味で時間がなくなって忙しいし、寝れないしで、なんていうか、自分の時間なんかない。仕事も今が一番のがんばりどころだと思うとまさに自分が悩んでる時間なんかないんだよねぇ。
それってすごいことだなぁーと思う今日この頃。
何の価値もない駄文を書いてみた今日この頃。

うわぁぁぁ・・・・・・・・・
posted by Harvey at 17:55| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

書くという行為

最近全くブログを更新していなかった。
いや、出来なかったとも言えるか。
何れにせよ、そんな時間も無かった。
とは言え、頑張れば書けたかも。
そう、どっちかと言うと書きたいことも沢山あった。
でも、無理してまで書きたいと思わなかった。
生活環境が変わり、日本に戻った。
学生生活が終わり、社会人に戻った。
子供が生まれ、家族が3人になった。
単身赴任になり、また、家族が揃った。
余りにも変化の多いこの半年、僕には不満や鬱屈した思いも勿論あって、書きたいと思うような矛盾を感じることも、怒りを感じることも、面白い話に接する事も多かった。んだけど、ね。

やっぱり忙しいし、ライフスタイルが変わったことが一番かも知れない。
ゆっくり考えてモノを書く時間は減った。その時間は仕事してるし。。。仕事で考えないといけない事も沢山あるから。。。

世の中なかなか難しいけど、別に書くことが全てじゃないし、書くことで自分が時々自分自身を振り返ったり、足元を確かめたり、自分の気持ちをを確認したり、そういう部分でやっぱり書く行為が重要になってくる気がする。特に僕自身にとって。

そういう意味で、細々とここで書き続けることでしょう。

posted by Harvey at 16:07| ニューヨーク ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

久々に、夢を見た

夢を見るときは決まってる。
いや、色んな夢を見るのだが、その夢を見るときは決まっている。
その夢は、僕の心の中の消えない澱の様なものの、残滓みたいなもんだろう。
慌しい現実と、新たな環境の中での新たな焦燥と嫌悪感、そして受け容れざるを得ない理不尽な言葉、そういう新しい、心を乱す様な塊は、確かにココにある。
だが、やはりこの残滓を、ワスレテハイケナイ。

そういう風に、僕の中の固いものが囁く。

今の僕の、全てを剥がして行けば、最期に残る核は、あの日、あの頃、固めた決意。その決意の犠牲から生まれた悲しみの残滓。

誰にも解って貰えなくても構わない。
誰にも解って貰う必要は無い。
誰も解って貰える筈が無い。

あの日から、僕の孤独は始まった。だが、実はその前から本当は孤独だった事を今なら理解出来る。これからも孤独だろう。
だが、孤独なんかは怖くない。怖いのは、痛みを忘れることだ。

この痛みだけは、死ぬまで抱きかかえていかないといけない。
それが決意であり、覚悟であり、人生と向かい合う為の装備なのだ。
posted by Harvey at 01:24| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

垂れ流される情報、そして悲しみだけが積み重なって行く

通り魔事件が起きると、「誰でもよかった」というコメントが垂れ流される。

犯人が判明すると、親を名乗る者がTVに向かって自己弁護を繰り返すか、無意味に自身の不明を嘆く。

報道が一段楽するかしないかの内に、次の不可解な事件が起こる。
メディアの興味は直ぐに次に移り、怖いとか、世の中おかしい、とか、日本の治安は悪くなった、と言う何の解決にも誰の得にもならない無意味な言葉だけがソコに残される。

そして、悲しみだけが積み重なっていくのだ。

ただ、悲しみだけが積み重なっていくのだ。

何故、隣人に暴行された挙句、切り刻まれてトイレに流されねばならないのか。家族の怒りや悲しみは想像を絶する。

何故、ただ道を歩いていて、刺し殺されないといけないのか。ひき殺されるのか。本屋で刺されるのか、駅で刺されるのか。街で刺されるのか。顔見知りのストーカーに撃たれなければならないのか。理不尽が積み重なるこの世界は誰が作ったのか。

誰もが容易に動画を撮れるが故に、衝撃的な犯人の映像が晒される。
警官が訓練を積んだだけの普通の人間であることも晒される。

何をどう怒ればいいのか、それすらよく分からない。
だけど、分かってる事は、社会全体がもっと真剣に教育や道徳、社会と個人の係わり方、雇用の形態、セーフティネットの確保などの色々な事を考えないといけないと言うことだろう。

正社員じゃない人たちが起こした事件だから、雇用の安定性を高める為の法律を作る、と言う短絡的な発想を、日本の政治家は直ぐに抱くが、大きな間違いだし、大きなお世話だ。企業が辛うじて支えている日本経済を、どうする気なのか。もっと真剣に妥協点を探すのか、セーフティーネットを確保するとか、雇用の流動性を高める様な仕組みを作る方が余程大切だ。

クールビズの宣伝に掛けている金額の半分でも、日本人の雇用の流動性を高める為の啓蒙活動に使えばいいのに、とも思う。

だが、いずれにせよ、悲しみが積み重なるこの国に、若者が希望を持てるのか、僕には自信が無い。

通勤列車の中の、死んだ目の、他人に無関心な人々の群れを見るたび、僕は思う。この国には希望が無いのではないか。

生きる、と言うことにもっと真面目に取り組むべきだと、今、心から思う。
posted by Harvey at 00:50| ニューヨーク ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

亡くしたものを取り返しに行こう

失くしたものを取り返しに行こう、と何時も思い立つ。

そしてそれは最早取り返せないものと気付いている自分と向かい合う。

取り返せる訳が無い。それはもうとっくの昔に消えてナクナッタ。

そのナクナッタものを含んでいた筈の僕自身もまた、変質してなくなっていて、ここに居る僕は多分違う僕だし、僕は僕で有る事をやめないままに、僕自身から遠くまで行こう、と決めたんだから。

でもまぁ、やっぱり僕は僕であって、あの頃とは変わらない。
僕を作り上げた土台の部分は変わらない。僕は本質的な部分では変わりたくない。

ただ、遠くに行こうと決めた。
なくしたんじゃない。僕はそれを置いてきた。
いや、むしろ、それをそこに捨ててきたんだ。


僕がなくした沢山のモノ。
僕が捨ててきた沢山のモノ。
僕が大切に抱えていた幾つかのモノ。

失くしたから、得たものがあり、失くしたから、今が有る。
と言うことで、取り返す必要なんて無い。
失くしたことで、それは永遠に僕の中に刻まれる事になったから。

埋まらない喪失感を、新しい希望で埋めて、ただ、走るしかない。
捲土重来、
そういう性分なのがせめてもの救いか。

走る準備は、多分出来てるよ。
posted by Harvey at 16:40| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 言霊の在処 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月01日

ER体験記@NYC@

ER と言えば、 緊急救命室?だっけ。とにかく、アメリカのドラマが有名ですよね。僕はあんまり興味が無い類のドラマなんでちゃんと見たことは有りませんが。。。

何れにせよ、行って来ましたER。折角行ったので、この貴重な経験を書いておこうと思った次第。ERに行ったけど、ブログを書けるくらいのダメージと言うのがポイントです。

でまぁ、何で行ったかといいますと、金曜日の夜に、例の如くサッカーの試合で人生の諸行無常を吹き飛ばそうと奮闘する僕。そんな僕にダメ押しをするかの様に、競り合いの中で相手DFがクリアしたボールが何故か垂直気味に射出され、真下から僕の左目にヒット。

何ていうか、クリアボールって真上に蹴らないでしょ。競ってたら。しかも結構思いっきり放たれたのが、下から入ったので、思いっきり目にHITしました。

直後左目は完全に視力を失ったのが自分でも分かった。何故ならば10年程前にも、それはフットサルだったんだけど何故かジャンケンで負けて大会の決勝戦なのに後半だけGKをやるハメになった日のこと。ボールに飛び込んだ結果、思いっきりシュートを打たれて右目直撃。昔からリスクを恐れないタイプ(笑)なんで、結構怪我が絶えません。走り高跳びでもマットの無いトコに170センチを跳んだまま落ちたこともありますわ。そういえば。

そんな訳で、経験済みだったので、あぁ、これヤバイわ。取り敢えずトイレで見てみよう、と歩いて交代を申し出て、トイレ行き。取り敢えず自己診断は結構深刻。でも、一応光は見えるから、失明は無いか、と言う判断。取り敢えず試合中にも係わらずそそくさと帰宅した訳です。

で、家で冷やしながらネットで検索。もう金曜の夜中だから、医者の友人も寝てるし取り敢えずリサーチくらいしか出来ないと言うことで調査。その結果、結構ヤバイかも、と焦り始める。症状が網膜剥離の初期症状に酷似してたりする。。。

そんな訳ですが、取り敢えず夜中なんで、まぁ、平気だろ、結構悪運強いし、と開き直ってベッドに入ったのでした。。。

と言うことでERに辿り着かないままに@は終わります。続きは近いうち。
posted by Harvey at 17:32| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記みたいなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

タタのジャガー、ランドローバー買収に思う

ジャガーとランドローバー。
何れも結構、憧れの車だったりする。
まぁ、僕自身はジャガーはちょっと遠慮したいとは思ってる。何故かと言うと上手く説明出来ないが、ジャガーはちょっとキザ過ぎる。

いや、格好良く乗るとキザ過ぎて、格好悪く乗ってる人の場合は単なる成金でダサ過ぎる。僕は勿論成金ではない(そもそも金が無い)のだが、無理して買って格好悪くって、成金っぽく見えるのなんて絶対にイヤである。

ランドローバーは何ていうか、イメージ的には軍用車で止まっちゃってるんだけど、ごつくて渋い4輪駆動という感じ。まぁゴツクなくって渋くない4輪駆動ってどんなのよ?と言う疑問も有るが・・・。
でも、個人的にはメルセデス・ベンツのウニモグこそが、憧れの4輪駆動な僕としては、ローバーはソコまで魅力的でもないかも。まぁ、判断の基準がエリア88と言う愛すべきマンガに引き摺られていることは最早止むを得ないのですが。

それはともかく、そんなジャガーとランドローバー、最近は米フォードの傘下にあったそうですが、この度なんとインド最強の巨大財閥タタさんに買われたとの報を聞き、微妙なショックを受けた訳です。

まぁ、ロックフェラーセンターのビル群を日本資本に買い漁られた時の米人のショックに比べれば、まさに蚊に刺されたほどでも無いと言うか、他人の話なんでどうでもいいんですが、しかし驚きますね。買ったのがTOYOTAでもなく、BMWでもVWない辺りに。まぁ、Competitorに売らなかったと言う判断なのか、純粋に高値を付けてくれたのがタタだったのか。どうなんでしょうね。

しかしまぁ、ジャガーとランドローバーのブランド価値が落ちるのは避けられないでしょう。

つまらない話ですが、IBMのTHINK PADがレノボのTHINK PADになって、中身はきっと変わらないのだろうけど、やっぱりちょっと中国系だしよっぽど格好良くなかったらファーストチョイスにはならないな、と言う感覚がどうしてもあったりしたので。

ジャガーがインド資本と思うと、ちょっとしょげる。
世界中でどれくらいの人がそう感じるか、僕には分からないし、ジャガーやランドローバーと言うブランドは勿論維持するだろうから、関係ないと考える人にとっては関係が無いとは思う。でも、どうだろうね。

と言うことで、今後のジャガーに特に注目したいと思いました。
まぁ、僕はジャガーはもう買いません。いや、元々買えないんだが。将来の乗りたい車リストから落とします。何となく。

憧れとは常にPerfect Worldを追うモノなのです。。。
posted by Harvey at 17:03| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 時事雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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